日々旁午

2005


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 昨日は結果的に更新できませんでした。楽しみにしていた方々、失礼いたしました。なんやかんやと時間をとられ、しょうもないことにも時間をとられておりました。けれどもしかし、実は19日も、このサイトのどこかのページを更新しているのです。なんといいますか、「化粧直し」、あるいは「お手入れ」です。サイトの規模が大きくなるにつれて、細部の統一を図るなど、完成度を高めたく日々進化させていっております。

 さてさて、明日は広島県教員採用試験対策学習会を東広島市にて開催いたします。主宰者の広教組のみなさま、お世話になります。

 ごく簡単に、先月ご協力いただいたアンケートに対するコメントを記します。

 @穴埋め問題は「もっと多く」を選んだ方が大半でしたので、レジュメに反映いたしました。

 Aそのほかの選択肢、たとえば声の大きさや黒板の字についてなどでは、だいたい問題がないようでした。

 B全4回の開催回数を増やしてほしいというご意見が多々ありました。これとかかわり、開催時期をはやめてほしいというご意見もありました。ありがたいことです。

 C論作文を読むより、講義を中心にしてほしいというご意見あり、これは明日から反映させていきます。ただし、論作文は1題とりあげ、解説いたします。

 D開催場所について広島市内という声がありました。ただ、他県との県境も含めた広島全県からお集まりいただき、参加いただいているので、広島の中央部での開催としています。つまり、福山や三次から来られるケースもあります。ご理解ください。

 E模試や2次対策、集団討論もという声をいただいています。これは課題として受けとめています。指導案の対策は、複数の教科にわたるからです。

 以上、気付いた点についてお伝えいたします。

 明日は、新幹線の時間に遅れないようにしなきゃ。それが最大の心配です。わはは。
(5/20)

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 こんな日であれば、判断がにぶくなるときが誰にでもある。いつもはだいたいの事柄にハキハキ決着をつけ、てきぱき進行させていくのだけれど、今日は優柔不断のひとりになったようである。

 探しものがみつからなかったのが、事の発端であった。年に1回使うか使わないかの1枚のカードの存在をめぐって、家捜しとなった。これが本日のワタクシの行動を狂わせた元凶だった。どんどん時間が過ぎていく。無駄とはまさに探しものをみつけようとして浪費した時間にちがいない。役所に各種手続き申請にいきたかったし、郵便局に用事もあった。しかし時間だけが無為に過ぎていく。

 さて、見切り時が肝心である。また探せばいいやと思いつつも、「失せ物みつからず」、おみくじの予言はあたるやもしれない。役所は次の機会にし、郵便局にいく。空をみればどんよりしている。しかし降ってはいない。あの湿っぽい独特のにおいがたちこめているだけである。ここで、直径1.5m以上の傘をもっていくか、コンパクトな折りたたみをもっていくか、ぐずぐずする。のちのち降らなければ、大きいのは邪魔になる。小さいのはカバンにはいる。この後電車に乗ってか、単車を走らせて人に会う約束があるので、電車の場合なら、できれは小さいほうがいい。カバンにいれておけば忘れる心配もない。

 しかしワタクシは、大きい方をもって、手紙を出しにいった。空をみると低気圧マークが去っていきそうな具合である。出そうとして家に帰った。判断に迷いながら傘を取り替えた。これなら最初から小さいのをもってでればよかった。ここでもぐずぐずしていた。家に一度戻るのも、判断がまずかったからである。

 そして、電車でいくか、単車でいくか、空模様とこれまた相談である。結果からいうと、電車を使ったのであるが、空は帰りの電車に乗るまで晴れていた。悔しい。なぜなら、昨日、ちょっとした整備を単車に施したので、その調子を確認したかったからである。こうして、また判断ミスを重ねる。手紙も出したし約束も果たしたので、家に帰る。役所への届け出は次の金曜にでもしよう。この判断だけらかは正しい。空がきれいに見えたからであろう。

 家に帰って鍵をなくしているのに気がついた。こういう日は、なにをやってもダメである。
(5/18)

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 昨日の勉強会報告について、リンクをするのを忘れていました。こちらです。

 さすがに月⇒火の更新はつらいっす。こちらの記事こちらの記事をどうぞ。そういえば、こういうことになっているのですね。この失効数は…。この文章を読み、解決策を提示せよ。こちらも憂慮すべき事態です。なんか、教採に向けてがんばっている若者たちを落胆させます。

 免許制度については、こうした見解がありますよ。

 本日の時事、これで終わりです。

 有料論作文と個票、大急ぎで着手しますね。
(5/17)

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 勉強会報告のつづきです。集団討論の2つめのテーマは、「知識伝達の教育は是か非か」でした。1つめのテーマより、討論はスムーズに、また、全員が均等に発言していたように感じられました。こちらの討論も、仮にA〜Fさんとして再現してみましょう。

 このテーマの本質は「知識伝達の教育」の「伝達」をどう解釈するかにあります。単に知識伝達はダメだという議論では、面白くも何ともありません。その点をしっかり踏まえられていた討論になっていましたね。最初の発言者であるFさんは、そもそも知識とはなにか?と、集団に対し問いかけられ、受験のための詰め込みの知識ならば、そうした知識を注入する教育は非である、しかし、生きる力としての知識ならば是であると切り込みました。ここで、知識論といいますか、知識の是非論の論ずべきポイントがはっきりしたと思われます。

 これを受け、Cさんからは具体的な発言がありました。それは、知識を経験が確かなものにし、また経験が知識を必要とする、それを繰り返している内に、ホンモノの知識となるということです。これを体育教育の立場からうまく説明されていました。ルールなしに2つのボールを集団に与え、自由になにかさせてみる。そういう授業をした。ところが児童生徒からは物足りないという声が出た。彼等はどういうように感じたのかというと面白くないのである。そこで、「ルールを決めて」やってみた。この実践から、ルールという「知識」の生きた意味が児童生徒に実感された、ということです。Cさんは、体験からルールという知識を学ぶとおっしゃっていましたね。行動を基礎付ける知識は、こうした考え方で説明がつく一方で、体験的に即座にわからなければどうするか、そういう「知識」についてが問題です。つまり、四則の計算だって、数学の法則のルールにのっとっています。こうした「知識」に対する学習の転移を考えてみましょうね。

 さらに、Aさんからは、知識偏重はいけないが、知識と経験が重層的に折り重なっていくことが、児童生徒にとって大切なことであると発言されました。このご意見も、Fさんの問題提起を引きついでいること、あきらかです。知識は生活の知識、学校で得る知識の違いがあり、学校でも教員からだけでなく、仲間や先輩から得られる知識もあると付け加えられました。

 Bさんからは、しつけ教育にみられるように、生活面での知識の伝達は是であるが、学習面における机上の知識の伝授ばかりだと非であると、これまた同じニュアンスで語っていらっしゃいました。その具体例として、お楽しみ会の実践を話されたのは、裏付けがあり説得力ある発言でした。お楽しみ会にサンドイッチを用意する。サンドイッチの材料を用意し、切り、もりつけ、飾り付ける。そこでは児童生徒の協力体制が欠かせない。そしてこうした体験に裏付けられた知識が後の糧となる…。

 Dさんからは、どのようなことでも、物事を考える基礎にある程度の知識は必要である、とご意見がありました。確かにそうで、「基礎基本の確実な定着」は要領の訴えるところです。Dさんの発言の新鮮さは、では、どのようにして知識を「与えるか」にあるというところにありました。Dさんご自身が、「一方的に伝授される教育を受けてきた」反面教師的立場から、これをなんとか批判し、新しい方法論はないか模索されているようです。国語教材における単元として、戦争を扱った教材のことを話され、その単元の登場人物の心情をトレースする発表型の授業をしたいと主張されていました。そしてそうした国語の授業と総合学習の融合をめざされているようです。

 ここでFさんに再度バトンがわたり、知識の伝達だけではダメで、結局、知識を得た後にどのように実践に生かせるかが大切であるとこれまでの議論をまとめられたと同時に、知識や情報の伝達の危険性ということについて触れられました。これが思ったよりも「飛び火」し、有害情報の処理論といいますか、別の話題になっていきました。脱線とはいいません。しかし、具体的に「有害情報」の中身がわからない、あるいは提示されないまま他の参加者の発言につながっていきましたので、みえにくい議論になりましたね。

 この発言に呼応し、Dさんからは休憩時間中に悪い情報が伝わるとすれば、それを指導することによってモラルが高まる、であるとか、Cさんの「道徳性の知識伝達」という、すこーしわからない発言であるとか、迷走気味でした。

 しかし、Eさんから、テーマをもとに戻すかのように、学校生活、授業において学術的な用語を学び、その用語がわかれば新聞を読んでも理解できるという公民志望ならではの発言があり、場が引き締まりました。さらには、Aさんから、知識偏重のデメリットの提起があって、創造力をもつ子どもが少ないのはなぜか、ある講演を聞いたときの感想を交えて報告されました。

 それは、1つひとつのことはできるのに、それらをつなげて考える思考がみられないということでした。思考の途切れということでした。具体的には、洗濯物を干すよう子どもに頼むとうまくやる。しかしそこで終わり。干した後、カーテンを閉めない。炊飯器にセットする、しかしスイッチをいれない(だったかな)、など、それぞれの行為を連続して行なえない子どもが増えてきたというのです。これは知識「注入」型授業の弊害です。これを社会人のある方は、「気が利かない人」とうまくいいあてられていました。子どもに気が利くかどうかを求めるのは別として。

 このように時間一杯まで議論が「途切れる」ことなく、終了しました。ワタクシからは、知識の注入はいい教育とはいえない、しかし知識の「伝達」は文化理解のためにも当然必要である、だからテーマの「知識伝達の教育は是か非か」は、回答としては是になる、とお伝えします。Dさんのいうように、なんの前提的知識もない真空状態から、創造力が生まれるはずはありません。創造はこれまでの蓄積を基にして生まれるものです。温故知新とはそういうことでしょう。

 このように。考えて来れば、知識の伝達のよりよき方法を模索することが教員に課された仕事でしょう。そういう意味では、討論終了後意見が出たように、参加者のみなさんの発言は、ニュアンスの違いはあれど、知識の効果的な伝え方を討論していたと総括することができるでしょう。

 さて、最後は面接対策としての「個人解剖」の時間でした。予定通り30分で実施しました。これくらいの時間でしたら、お聞きの方々の負担感も減るでしょう。お尋ねしたのは、昨夜はよく眠れましたか、友人と話をするときに、気をつけていることがあれば教えてください、あなたの考える個性尊重の教育とは、どのようなものですか、ホームルームの最中に上級生が「先生ー、早くクラブやろうやーっ」と入ってきました。どう指導しますか、「基準性」と聞いて、なにかわかりますか、「発展的な学習」をする際の注意点を述べてください、教育実習で初めて教壇に立ったときの気持ちを述べてください、学校と塾の違いは何ですか、自己PRをしてください、でした。もちろん、各質問から一層突っ込んだ質問もありまして、15分くらいでしたでしょうか。みなさんが注視しているなか答え切るのは大変ですけど、これを乗り越えれば、本番はへっちゃらですよ。わはは。

 面接官は質問するときに、「こう答えてくれればいいなあ」と思っているものです。それがビタッとあえばいうことなし。それから、「飾らないこと」です。素の自分をみせてやる、そうした根性でいきましょう。何度もいうように、小手先のテクニックでごまかせるほど面接官は甘くありません。「こいつに児童生徒をまかせて大丈夫かどうか」、それを測定しているのです。

 勉強会は毎週開催です。いまのところ定員が埋まっていますものの、前日、前々日にキャンセルが出るケースが多いです。ご応募お待ちしています。
(5/16)

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 昨日は勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。定員一杯でした。昨日はもりだくさんで、シート式の問題解説、集団討論2題、個人解剖と、ワタクシもちょっとふらふらになりました。勉強会終了後のコーヒー会にも5、6人のご参加、ありがとうございました。ここでは勉強会とうってかわってフランクな会話を楽しむことができました。

 さて、最初のシート式の問題解説は、道徳の領域のマークシート問題を作成し、その解説を行なうというものです。前回は同じような方式で総合学習についてでしたね。シートの特色といたしましては、自分でいうのも何ですが、選択肢の解説を豊富にしているということでしょうか。単に答えだけを示した問題集は多いですが、あんまり役に立ちませんから。道徳の問題が1次マークシートで出題された場合、これだけやっておけば大丈夫です。応用も効きます。ご自宅でもう1度やりなおし、穴埋めや下線を引いたところなど、ポイントだけは正確にはっきりと記憶してくださいね。

 いま、こうした問題と解説を20ほど用意してまして、これを参加のみなさまにお配りしていく予定です。すべてワタクシの書き下ろしの問題と解説です。6月下旬から、県別対策まぐプレ大阪版で発行してもいいかと思っています。でもそれだと遅すぎますかね。次回の勉強会では、中教審のまとめか、障害児教育の分野のものを用意しようと計画しています。その次は法規ですね。心理学の問題もあります。1次まで20シートやれば、まずは大丈夫でしょう。

 さて勉強会の中盤は、集団討論を実施しました。1題めは、これまでの答申を読んできた成果を発揮していただきたく、「学校の新しい運営の在り方について知るところを出しあい、みなさんが何ができるか討論してください」でした。どちらかといえば、難しいテーマです。なぜなら、答申を消化していなければ、討論の輪に入りにくいし、発言が思ったようにできないからです。もどかしさを感じておられた方もいらっしゃったかもしれません。男性3名、女性3名の6名の方で討論(小学校志望2、中学校志望4)していただきましたが、男女お2人の方が議論をひっぱっていった様子となりました。

 やはり、キーワードといたしましては、学校評議員制度、学校運営協議会、地域運営学校などが登場することになります。評議員制度に関してはこちら、地域運営学校が登場する答申についてはこちらを参照ください。これがでてこないグループは「沈没」するかもしれません。そうした意味でも難しい問題です。評議員制度はどういうものなのか、運営協議会がどんな役割をもっているのか、その定義をしっかりさせないと議論が進みません。教採に関わる「基礎基本」をおさえ、その上で、「では、私は何ができるのだろう」という段階に進むわけです。

 いま仮に参加者をA〜Fさんとしますと、AさんとCさんが、なんとかゲームメイクをしてくださったような感じでした。Aさんが、学校評議員について簡単に解説をしてくださり、また、Cさんから学校運営協議会の紹介がありました。「新しい運営」というテーマに即した発言です。Aさんは、校長の立場もあるが、地域の声を学校運営に反映させやすいという特色を示してくださり、かつ、PTAと立場が違う評議員は現状の学校に風穴をあける存在であるというご意見でした。また、Cさんからは、同じ評議員について、彼等と直に接した観点から発言がありました。曰く、評議員と教員とでは学校をみつめる視点が違う、第3者としての厳しい視点がある、と。そして、そうした厳しい「地域の意見を代表する」評議員の意見があきらかになって、逆に、今まで頼みにくかった学校からの提案が、地域に頼みやすいようになったといわれました。これは面白い視点で、地域の厳しい意見が学校をよりよくしようとする意欲からでているわけで、いわばその学校への厳しい注文の「いいだしっぺ」である地域の方々に、学校が手伝ってほしいことをいいだしやすい、ということです。学校と地域との新しい手の組み方を模索している今、刺激的なご意見であったと思います。このご意見は、Aさんのいう「今の学校と答申のめざす学校とちがうところはなにか」の問題提起につながりました。

 しかし、この提起をついでの討論はありませんでした。本当はここが一番聞きたかったところです。沈黙がつづきました。それだけ難しいということでしょう。その沈黙を破ったのが、地域運営学校についての話題提供でした。これはCさんから発言されまして、学校の特色や個性を生かす方向で答申された経緯を説明されつつ、どのように教員は運営に関わりあうのか、これまた問題提起がありました。ここから大きく討論が転回したように思います。

 なぜなら、地域運営学校の「地域」という単語に参加者全員が「とびつき」、地域と学校がどのように子どもを育んでいくかというトピックになったからです。ワタクシは、テーマからズレているなと聞きながら思いつつも、こうした展開にならざるを得ないのかもと思っていました。学校の新しい運営の在り方は、模索の段階だし、ワタクシたちが経験していないものだからです。そして、地域とどのように「やっていくか」は話しやすいトピックだからです。

 それゆえ、ここから発言の輪が広がっていきまして、地域行事への参加、学校行事の通達(テレフォンサービス!!)、登下校時の協力要請、地域のもようしものへの教員の主体的参加というご意見が、B、D、E、Fさんより次々「とびでる」ようになりました。そこでEさんが発言された「メリットがないとついてこない地域の人びと」という視点にワタクシはフムフムとうなずいていたのです。

 というのは、同じ内容のことをCさんもおっしゃっていましたが、我が子が学校に通っていない場合、地域の人びとはある意味学校に無関心であり、そうした子どもを通して学校と直接接触がなく、かつ、チャイムが聞こえるほど学校の近辺に住んでいる住民をどのように学校世界に巻き込んでいくかは、今日の大きな教育テーマであると感じたからです。

 メリットの内容は、果たしてなんなのか。ここを具体的に提示できるとすれば、スバラシイ討論になったでしょう。総合学習の内容からそれを提示したBさんやEさん、もうあと一歩です。がんばってください。

 討論終了後の反省で、聞き手の側からご意見があったように、民間校長や社会人教員の採用で新しく学校が生まれ変わるのではないか、という視点を絡ませて議論していくのも、確かに一手法であると思いました。そうした視点の提供が、討論における貢献度になります。

 テーマの難しさはわかりますが、ワタクシからの注文は、やはり、テーマからはずれないようにしていただきたいということです。このテーマに伏在する学校マネジメントについて、新採の先生方もそれなりの自覚をもっていただきたいからです。「浩のサイト出身の先生は一味違うな」と委員会や学校現場の人びとに唸らせること、これがワタクシの野望です。

 2つ目のテーマ、および個人解剖についてはまた明日の更新にいたします。個人解剖について、ちょっとだけ気がついたところも書こうと思っています。

 「東京のこくばん」を終了しました。TOMOさん、ありがとうございました。今後、こくばん数を少し減らしていきます。あんまし増やしても効果があるかどうか反省です。また、変な書き込み(エロ系)が増えて辟易してます。
(5/15)

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 本日は、第33回浩の教室主宰・勉強会を開催します。シート式の教採対策問題解説と集団討論、個人面接対策の「個人解剖」を実施いたします。問題解説はプリント配布いたします。前回分も持参いたしますので、ご自由にコピーしてください。

 集団討論のテーマは、ひさしぶりに「知識伝達の教育は是か非か」(仮題)について討論していただこうと考えています。それから、時間をもう少し作って、2テーマできるとすれば、「学校の新しい運営の在り方について知るところを出しあい、みなさんが何ができるか討論してください」をもやってみたいと思っています。そうすれば、ほぼお集まりのみなさんの主体的参加が可能となるからです。しかし討論を2つする場合は、かなりアタフタしますので、ご協力お願いいたします。

 このほか、少人数クラス編成は、学習指導において効果があるかどうか、あるとすれば従来の編成とちがった取り組みとしてどんなことができるか、というようなテーマも実施したいところです。

 最後の個人解剖は、時間を短縮して30分で行ないます。いままでのやり方をちょっと反省した結果です。こうした措置にもイロイロご意見あると思いますが、ご理解くださいね。
(5/14)

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 隔日旁午になっています、ごめんなさい。明日の勉強会にキャンセルがでました。もし、明日、一緒に勉強したいなという方は下のメールフォームからご連絡ください。先着1名のみ、タダです。(確定しました。ご応募ありがとうございました)
(5/13)

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 本日更新お休みします。明日の準備にてんてこ舞いなのです。ごめんなさい。そのかわり、こちらのサイトをどうぞ。よく勉強できますよ。時事としては、こちらと、こちらの記事を。つかれたら、こちらでホッとしましょう。飲み終えたら、こちらで授業案を考えてみましょうか。
(5/11)

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