日々旁午

2005


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 浩の教室主宰勉強会の7月の申込みを受け付けさせていただきます。明日、6月1日から受け付けいたします。午前0時からですので、あと2時間ばかりになりました。申込みページからメールにてご連絡ください。お待ちしています。なお、こちらからのご連絡は、できるかぎりはやくいたしますが、6日の月曜になる場合もあります。よろしくお願いします。
(5/31)

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 昨日は、第35回浩の教室主宰教育学勉強会にご参加いただきありがとうございました。本日はめでたく満席になりました。序盤は中教審のまとめと、教員免許更新制の答申の問題および解説をいたしました。いつもの2倍分量がありましたので時間を食っちゃいましたが、まとめとしてはあのようになります。取り上げた問題は簡単でしたが、その後につづく解説をしっかり復習してください。問題で解説した答申類から必ず出題されるからです。答申全体を通した理解の上で、個別的な答申の意味を考えることが大切だと思っています。次回はまた別の問題を用意します。京都の状況も鑑み、人権教育のシートを作成しようと思っています。

 さて、中盤は集団討論をしていただきました。「義務教育において、児童生徒は勉強する義務があるのかどうか議論してください」というテーマでした。かなりに哲学的な課題でしたので、採点官役のワタクシが、テーマをいい渡す前に、かなりの説明をしました。それを聞き漏らさず議論していただけたことをうれしく思っております。

 もともとこのテーマで討論していただきたいと思ったのは、現在ワタクシが読んでいる本の内容について、みなさんにも考えていただきたいという、ある意味「よこしまな」意識からです。広田照幸先生の著書『教育には何ができないか』春秋社・2003年を読み、ワタクシはなにがしかの刺激を受けたのですけれど、そこでの議論に、このテーマにつながる問題が提起されているのです。詳細はいずれまた書く(かもしれない)として、かなりに「いい過ぎだなぁ」と思われる展開がこの本にはあります。しかし、本の題名からしてもそうなのですけれど非常に刺激的で、正鵠を射た教育に対する提言にあふれています。「教育の権力性」を赤裸々に語っているのは、ズバリと現在の教育の諸側面を束ねて斬る視点として「ギター侍」以上の挑発をもっています。ご一読を期待します。

 さてワタクシたちの討論は、6名の方々にしていただきました。男性2名、女性4名(小学校志望2、中学校志望4。仮にA〜Fさんといたします)です。この難しいと思われるテーマに、途切れることなく議論していただけたので、他のどのようなテーマであろうとなんとかやっていけるのではと思っております。

 まず、Cさんが、あるミュージシャン志望の生徒から、「なぜ勉強せなあかんのん」と問いかけられた経験を糸口に、テーマに迫っていかれようとしました。「おれ、ミュージシャンになりたいから、音楽はがんばるわ。けど、国語や算数はいらんねん。しなくていいねん」と、よくある先生と生徒との受け答えから、「勉強する義務があるか」に答えようとしたのです。「あんたがミュージシャンとして成功して有名になることを先生は願っている。でもなあ、有名になってインタビューを受けたとき、国語を勉強してないと、話し方も変になるやろうし、そんなところ先生みたら悲しいわぁ」といって諭したということです。ここには、教員の誰しもが感じる根本的な「学び」に対する疑問があると思われるのです。主体的な意識なしに「学び」が成立するのか、学校が強制力もって教えようとするのは無意味なことなのかなど、一度ならず、かい潜るやりとりでしょう。しかし、結果的には、Cさんも児童生徒は勉強する義務があるというところでは、テーマに対する否定的見解ではありません。それは、他の参加者もすべてそうです。もちろん先生になりたい方ばかりなのですから、当然といえば当然なんです。ただ、ちょっとまってみてほしい、学校にくる児童生徒は勉強を本心からしたいものばかりが集まってくるのか、それは疑問です。

 ワタクシも教育に従事していますが、真剣に勉強あるいは学問をしたいと思ってきている学生は残念ながら経験上超少数派です。上の受け答えは、児童生徒学生のマジョリティーなのではないでしょうか。とすれば、そうした声を絡めとるシステムを用意しないと、学校はツブレです。個に応じた指導と平等な教育水準の提供(=基礎基本という名の教育内容)という2つの均衡にして幸せな天秤をとれるかどうかにかかっていると思われるのです。「ああしなさい、こうしなさい」といっても、学校あるいは教員に力がなくなれば、児童生徒は「ああしなさい」の内容をやりません。

 DさんやEさんがいうように、国家・社会の形成者、文化の伝達者として教育する義務がワタクシたちにあるといっても、その主体たる児童生徒がどこ吹く風のような状況で、意図した教育が実現できるのかどうか。また、様々な試行錯誤をしていくことが「勉強」であるとEさんがおっしゃっていたのは正当な意見です。それをワタクシたちの側がどのようにして説得力をもちつつ児童生徒にいえるのか。さらには、ワタクシたちの社会意識は、それに答える児童生徒に即した「決め手」をもっていないんじゃないか。

 話題は転換し、義務というからダメなんじゃないか、「義務と感じさせない教育」をやっていかないといけないのではないか、「なにかものを考えずにはいられない授業をすることが必要なのではないか」というご意見が、AさんやBさんからでました。つまるところ「勉強の魅力」を伝えることが、「教育を受ける権利」意識を復活させるという議論だと思われます。たとえば、義務という言葉には、勉強を強制させるニュアンスがある、勉強には苦痛が伴なうものであると思わせるニュアンスがあるという発言もそうでしょう。もちろん将来の夢をもたせることによって学習意欲を向上させ、学びにめぐり合う姿勢こそ大切なんだというFさんのご意見ももっともなのです。子どもたちが好きな教科の実力を伸ばすことももちろん大切ですし、そのためにワタクシたち教員がしっかりしていくのも必然です。Eさんの、「教員も教える義務があると構えるのではなく、一緒に学びたいという気持ちがあふれるようになればいい」というのも一理、いやそれ以上に「そうだ、そうだ」という応援の声が聞こえてきそうな発言です。

 先生になりたい立場からいえば、どうやって児童生徒を指導するかに教育の本質を見出すし、それが正常であるといえます。ところが児童生徒の側には学校以外で学ぶ道も多々用意されてきている現状、学校がなんか「うまいもの」を用意できるのかどうか。わだかまりはそこにあります。「うまいもの」を用意できない現状の学校は、悪童に対して「出席停止」を振りかざすことにもなり、「ためらわず道徳を教えよう」ということにもなっています。

 教育制度の複線化は勉強しなくていい選択肢もあるいは用意していくことになるやもしれません。そうした意味で、「学校教育が卒業というパスポートを用意し、社会に船出するにあたり一定の資格となるが、家庭教育がそうした『権威』をもてるのか。もてないであろう」というご意見は、義務教育崩壊を仮定し心配するものであり、義務教育は、逆にいえば絶対ツブレないという自信でもあるのではないでしょうか。

 学校教育が死に体になっている現実において、それを立て直す手立てに苦しんでいるわけで、教員のなすべきことって一体なんなのでしょう。このテーマに解答はないし、いつでもいつでも考えなければならない永遠の問いだと思います。

 7月3日の日曜日に、理数系教養問題対策学習会を開きます。ワタクシの勉強会参加者有志による主催です。詳細は上のリンクからご確認ください。ワタクシの信頼する先生が講師を務められます。大阪、京都ほかどちらの自治体をお受けになろうとも参考になると思います。残念ながら、ワタクシはその日、香川へ参りますので参加いたしません。成功を祈っております。

 広島学習会において論作文添削を希望された方々、明日発送いたします。ご確認くださいね。
(5/30)

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 うーむ、サイト運営が大変になってきました。旁午更新は断続的にさせてください。いま、ほんっっとにいろんなことがあり過ぎて、もちろん仕事もなのですが、身動きとれません。がんばらなければ、という気持ちにガブリ寄られてまいっています。そんな中、我が愛犬ごんたクンに癒されてきました。

 あすの勉強会、参加のみなさまよろしくお願いいたします。討論のテーマは、学校教育において、児童生徒は勉強する義務はあるのかどうか、学校にいったとしても勉強しない選択肢があってもいいのではないか、というようなことについて議論していただきます。ちょっと難しいかもね。
(5/28)

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 本日は更新お休みさせていただきます。かわりにこちらこちらをどうぞ。読み過ぎて夜更かししないように。

 勉強会参加のメールありがとうございました。では日曜日お待ちしております。
(5/27)

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 先取り更新になってしまいますが、お知らせ、お願いです。この日曜の5月29日、JR大阪近辺で勉強会を開催いたしますが、キャンセルがありました。キャンセル待ちの方々に順次ご連絡したのですが、留守電であったり、でられなかったりで1シート空いております。只今より受け付けさせていただきます。先着の方おひとり募集します。参加費は無料です。下のメールフォームより連絡先電話番号をお書きの上、お申し込みください。記載された電話番号に、ご案内のご連絡をさせていただきます。よろしくお願いいたします。なお、複数のご応募がありました場合、申し訳ありませんが先着以外の方には、当方の連絡先を示し、メールにてお詫びいたします。
(5/26)

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 いやいやいやー、いろんなことやっている内に、更新する時間がなくなっちゃいました。論作文をたくさん抱え、個票添削を数枚抱え、深夜4時前、近くのファミレスから帰ってきたところです。わはははー。いや、充実しています。

いま、面白い本を読んでいて、そっちの方もまた書きたいと思っています。大学の講義で毎週2冊本を紹介する関係から、当然自分でも読まなければならず(でも面白い)、時間食っています。

 今日は教え子から、SOSの電話があり、「よしよし」していました。新任の苦しさが伝わってきました。電話を切る頃には、がはは笑いもでていて、ホッとしました。がんばれ〜
(5/25)

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 勉強会の中盤、終盤は集団面接と、個人面接(個人解剖)でした。集団面接から、少し解説していきましょう。

 これは大阪府の1次対策として実施しているものです。面接官役のワタクシが、質問を6名の面接参加者に投げかけ、その応答から人物を評価するというものです。今回のやり方は、順番に応答を求めるやり方と、挙手で応答してもらうやり方をミックスしたものでした。まずは、受験生の緊張感を解きほぐすための質問。緊張していますか、と声をかけ、昨日はよく眠れましたかと尋ねる。簡単なやりとりにすることが大切です。ここで、長々しゃべると面接官の心証を悪くします。つづいて、@講師体験をお聞きしました。講師としてはじめて教壇に立ってどんな気持ちであったか、です。それぞれの参加者の応答に問題はありませんでした。大阪では手短に答えることが内容よりも重視されるという「不思議」な状況にありますので、極力ハキハキ且つ短く答えましょう。自信をもって。講師経験のない学生の方には、教育実習にいって教壇に立ったときのことをお聞きしました。この質問には、順番に答えてもらいました。ちなみに、集団面接の最中は、下を向いてはいけません。堂々とした態度で挑みましょう。自信のない様子では、子どもを任せることはできねーなーと思われますから。

 次に@とも関連させつつ、A講師として学校で先輩の先生や管理職の先生から注意されたこと叱られた経験を尋ねました。これを聞くのは、教員の厳しさを実感しているかどうかを計りたいからです。この質問には、ありのままを答えていただき、よかったと思っています。面接の極意は、「さらけだす」ということで、カッコをつけてうまくやってやろうと考えると失敗するものです。ワタクシたちの面接に対する「用意」、「準備」とは、カタログ的な受け答えの想定問答を詰め込むことではまったくありません。自然体、です。いわば、どんな質問をされても緊張しないよう、練習しているに過ぎません。

 講師経験のない学生の参加者には、ボランティアやその他の社会経験において、先輩の方々からどのような注意を受けたことがあるのか、そしてそれをどのように受けとめたのかを代わりに答えてもらいました。素直さ、反省すること、こうした感覚が先生になるのにあたって重要な気質です。若々しさと瑞々しさ、フレッシュな気持ちを反省を生かしながらまろやかなものにすることを期待しています。

 次の質問は、B生活習慣を見直させるアプローチ(これは質問していなかったかな?まあ、いいでしょう)、C遅刻してきた児童生徒にどんな声かけをするか、D保護者から茶髪にしたいといわれたらどう対応するか、Eひとりでポツーンと座っている児童生徒に対してどんな声をかけますか、について、挙手で応答をもとめました。すなわち、生徒指導に関し、どんな対応ができるのかを即座に答えてもらうおうとする質問、保護者とのやりとりに関する質問です。こうした質問は、やっぱり「準備」しておくべきでしょう。

 挙手制は、時間との関連で6名参加のうち、3人くらいしか応答できません。ですので、質問が出されてから解答を考えているようでは遅い。ツーといえばカー、という感覚で、さっと手を挙げ答えるようにすべきです。ただし、挙手制の質問は、今回、数問ありましたから、自分から「今回は手を挙げるのはやめておこう」と譲り合いの精神をもつことも大切でしょう。判断に迷うところですが、あんまし出過ぎても、ということです。

 F部活動はなにを担当できますか、文化系、運動系を答えてください、でした。これは順番にたずねました。こうした問いかけには、理由まで答える必要はないと思います。「剣道と書道です」というように短答しましょう。その上で、面接官からその理由を聞かれたら、答えるようにすればいいでしょう。相手がのぞむ料理を出さないと、ムッとされます。たとえば、その部を担当できる所以を長々しゃべってしまうと、他の方にも迷惑がかかります。面接官はみなさん以上に時間に追われています。繰り返しになりますが、それを忘れないように。

 次は、G児童虐待について順番に聞きました。この質問に対しては、答え方が均一で、肉体的な支障、アザの発見、通報など、だいたい同じような答え方に終始していました。ここで人と違った印象に残る答え方を工夫すればいいのではなかったか、と、集団面接終了後、「ものいい」がつきました。「だしぬく」のではなく、「ちがった角度からの意見披露」は、ポイント高いですね。

 Hよい教師とはどんな教師か、教えてください、I最後にあなたを採用したらこんないいことがあるということを述べてください、の2つを質問しました。最後のIは、「20秒で」と限定をつけました。これは思った以上に大切な条件です。しかも、この最後の質問は、挙手制でした。ですのでヘタをすれば主張できない参加者もでてくるかもしれません。よい教師とは、にはおおむね不自然な受け答えはありませんでした。

 さて、だいたい20分くらいで終了したでしょうか。本番ではもっと短い時間ですから、短答、的を射たコンパクトな受け答えを準備しましょう。

 ところで、集団面接でも、発言者の方を向いておくのは礼儀であるとワタクシは思っています。話をするときは相手を見ますよね。一緒です。それが自然にできるようにしましょう。挙手制は競争ではありません。そのあたりも注意しましょう。

 個人解剖では、中学英語志望の方に挑戦していただきました。みなさんの前でやりとりするのですから、かなり緊張されたこととおもいます。しかし、ここで修行積めば、本番は大丈夫。それなりに緊張するでしょうが、ビクビクすることはなくなります。わかりやすく応答するよう心がけてください。とりわけ、今回の質問内容では、アルバイト、ものを大切にする教育、について、復習を。2学期制の功罪については、ワタクシの突っ込みに対しても、うまく切り返しておられました。以上の質問事項については、「良く出るかもしれない面接質問集」を参照してください。
(5/24)

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 こんばんは、「浩の教室」管理人の浩です。第34回勉強会に参加していただいたみなさま、ありがとうございました。ただ、本日は申し込んでおられたのに出席されない方がおり、寂しい思いをしました。結果的にシートが空いてしまいました。かなり多くのキャンセル待ちの方がいらっしゃっただけに、残念に思っています。少なくとも欠席のご連絡をいただきたいものです。

 さて、本日は、シート式としまして、前回の討論を補強すべく、そして1次対策を強化すべく、「地域運営学校答申」の問題の解説をいたしました。この手の問題は、これで完了です。ちょっとやりすぎている嫌いもありますので。これまでにお渡しした答申プリントとこの問題をつきあわせ、ご自分なりにまとめておいてください。指定管理者制度、設置者負担主義、学校運営協議会制度etc…

 大阪対策は、そして神戸市対策も、教育時事抜きには語れません。そうした意味で、答申や各種報告書を中心に問題を作成し解説をやってまいります。次回は違った問題をいたしますが、人権教育のまとめか、中教審のまとめにしましょう。3枚にまとめてお渡しします。前回、今回の経験から、40分程度でシート式問題解説は終えるようにいたします。問題解説のときも、積極的に発言されることを期待しています。

 問題解説の次に集団討論をしていただきました。参加者は男性2名、女性4名(小学校志望1、中学校志望4、養護志望1)でした。テーマは、予告通りです。「家庭訪問を含め、保護者とのつきあい方について思うところを議論せよ」でした。今回の討論には、陥りやすいワナがありました。「課題の矮小化」です。以下の解説を読まれれば、その意味がおわかりになるでしょう。

 まず、参加者が一順するかたちで、家庭訪問においてどのようなことを尋ねたいか、伝えるべきか、発言がありました。アトランダムにそれをあげますと、おうちでの様子を聞く、学習面で気をもんでいる保護者が多いだろうからそれを伝える、学校での様子が児童生徒から家庭にどのように伝わっているのか確認してみる、我が子の将来をどのように考えているのか、ちょっと聞いてみる、児童生徒とどのように接しているのか学校、教員の立場を伝えたい、保護者が知らないあるいはわかっていない児童生徒の側面を伝えてみる、などと、講師をされている方が多いせいか、実践的な受け答えがなされました。また、養護教諭志望の方からは、病気でご自身が休んだとき、先生がおうちに来てくださり、安心感を得たとおっしゃっていました。養護教諭を志望されるひとつの理由でもあったのだと推測しています。

 ここまではよかったのです。しかし、これにつづき、本来保護者とのつきあい方を議論すべきだったのですが、どうやらテーマを矮小化する方向に進んでしまったのです。というのは、この問題の核心は、受験者の保護者像を探ってみたいという意図をもって出題しているのにもかかわらず、そこに触れられず、あるいは触れるにしてもかなり質、量ともに少なく、学校と家庭をつなぐツールの方法論や注意事項に終始してしまったからです。

 すなわち、家庭訪問につづき、学校の様子をいかに伝えるかという観点から、学級通信の活用が語られ、次にそれに代わるツールとしてメールに話が及び、「伝える方法論」に転換してしまったのです。課題の本質は、ワタクシの意図からすれば、家庭訪問にかける時間の設定(たとえば30分なのかなど)でもなく、学校の情報発信に関わってメールによる一斉配信でもありません。そうした方法論は確かに重要でしょう。だがワタクシには本質から離れていっていると映りました。これは「陥りやすいワナ」といえまして、まんまとそのワナにかかってしまった可哀想な子羊たちという感じでした。課題の「読み替え」は必要です。しかし「矮小化」は避けてください。

 教育委員会は、団塊の世代退職者を多く抱え、また、早期退職者も抱え、新採を増やそうとしています。これは全国的傾向ですけれども、大阪府の小学校教員採用人数700⇒1000⇒1300のジャンプアップはとりわけそれを証します。都市圏の教員不足が深刻なのは、他府県現役教員への横恋慕的態度をおおっぴらにしているこれまた大阪府を筆頭に、良質教員の「奪い合い」をしていることからもおわかりでしょう。そして、辞めていかれる先生方の最大の理由は、学習指導でもなく、生徒指導でもありません。生徒の保護者とうまくやっていく方法がわからない、あるいはもう価値観が違う、といった悩みに根差しています。匙を投げた先生がどれほど多いことか。そこで、受験生にこうした「実態のわかりにくい」保護者とどのようにわたりあっていくのかを聞こうとしています。さらには、現代の保護者像を探ろうとして、若い感性の保護者観を知りたいと思って出題しているのです。もちろんこれは、ワタクシの意図なのですけれども、これと同じ感覚を各教育委員会の偉いさんたちが感じているのは間違いありません。断言できます。

 保護者とうまくやっていくこと抜きに、現代の学校教育が成立するわけがありません。もっといえば、こういうことになるでしょうか。つまり、従来の学校は閉鎖的であった。それを打破するべく「開かれた学校」という理念が躍り出てきた。すると、児童生徒だけを専ら相手にすればいいという考え方は古くなる。昔の学校の教育目標は、それでも達成できた(これはちょっといい過ぎかもしれませんが)。ところが「開かれた学校」、「学校の説明責任」など、外部との関係を密接にすればするほど、いままでそれほど手をしっかり握り合っていなかった部分を強化する必要がでてくる。こうした折衝に従来型の教員が耐えられなくなってきている。保護者の価値観を計りかねている。と、こんなところだろうと思うのです。

 ワタクシは、「開かれた学校」という理念は思いのほか学校をめぐる世界を揺り動かしていると思っています。短期スパンで考えてみても、この5年でシリアスに地殻変動が起こっているとみています。まして、学校運営協議会制度が本格的に実施されるとすれば、いわば「実態のわかりにくい」保護者とクリンチしなければならないわけで、ノックダウンを食らうわけにはいかないのですから、一層保護者とサシでやっていける教員を必要とするのです。いうまでもなく、それがみなさんにほかなりません。批判の対象になりやすい聖地学校とその職員たるみなさんは、こうした厳しい試練を乗り越えなければならないのです。しかも、それは「ふりむいて舌を出す」ような泥縄式では、もうなんともならないでしょう。学校組織マネジメントが強く望まれるのも不思議ではないし、だからこそ民活が公務の世界に侵食してきているといえます。

 「保護者とのつきあい方」は、このように奥深い問題意識を発掘するように展開できるテーマでもあるのです。「双方向のキャッチボールをどうするか」と、ある討論参加者はおっしゃっていました。まさにそれが課題で、顔の見えるやりとり、血の通った折衝が制度に魂を吹き込むものでしょう。ワタクシたち教員をめざすものが、制度を支えていくにあたり求められているのは、切実なものです。現在の教育改革を指示するにしろ、しないにしろ、学校世界からの意味あるクリンチを試みるべきでしょう。

 さて、集団面接については、あす、報告することにいたします。
(5/23)

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 本日は、第34回勉強会を開催いたします。集団討論にあっては、「家庭訪問」、「保護者との付き合い方」がキーワードです。よろしくお願いいたします。では、お昼にお待ちしています。本日の更新はこれだけです。申し訳ない。市町村人事権についてのこの記事は、お読みくださいね。
(5/22)

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 本日、広島県教員採用試験対策学習会に参加されたみなさま、お疲れさまでした。22枚のレジュメに即し、講義を展開していきましたがいかがでしたでしょうか。個別的なご感想がいただけるようでしたら、右の欄の「広島のこくばん」に書き込みお願いいたします。

 さて、本日の進行は、ちょっと早かったのではないかと反省しております。ご協力いただいたアンケートを反映し、穴埋め問題を増やしたのですけれども、数が多く、それをこなすだけでも時間をとりました。そのほか、少し脱線的な“講義”もあり、論作文の解説はかなり端折る結果となりました。

 しかしそれはそれで、逆にいうと緊張していないと講義についてこれないことでもあったので、時間の過ぎるのが早く感じられたかもしれません。こうした見方はワタクシの思い過ごしでないことを祈ります。そこで、次回は少なくとも論作文の解説をすべてできるように時間を調整しながら進めることがワタクシに課された課題であると思っております。まさに、「指導と評価の一体化」にかかわることですね。

 次回のレジュメは上記を反省し作ることにします。すでに30パーセントほど出来上がっております。今回のレジュメ内容と関連させつつ準備を進めております。

 東広島には、07:03新大阪発⇒09:25東広島着のこだまで通っています。車内は快適、ほとんど貸し切り状態であるのは講義で紹介した通りです。帰りも快適、18:05に新大阪に戻りました。すこしうとうとしておりました。大阪止まりでよかったです。


 さて、お預かりした論作文の添削、自己PRの添削にかかります。右の欄の「有料論作文・個票添削ページ」からも、受け付けております。こちらからは、どのようなテーマでも添削いたします。本日のレジュメに載せました課題でも構いません。

 昨年度のレジュメをご希望の方は、これまた右欄の、かわいいバナーの県別教採対策まぐプレをクリックしお申し込みください。

 ところで明日は、大阪の勉強会です。参加申し込みされたみなさま、よろしくお願いいたします。内容はシート式の問題解説、集団討論・集団面接・個人解剖です。討論か、面接か、参加されたい方をお選びください。討論のテーマは、明日の更新時にここにお書きします。

 いまのところ、キャンセルはありません。朝になっての不参加表明は参加されたいのに無理な方に申し訳立ちませんので、よろしくお願いいたします。
(5/21)

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