日々旁午

2005


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 昨日は、第38回当サイト主催勉強会に多数参加いただきありがとうございました。はじめての神戸・三宮での開催で、参加者がいるかどうか不安でしたが、わざわざ四国から参加してくださった方もいらっしゃり、盛況となりました。遠方からせっかく参加いただいただけの内容を提供できたかどうか、それを心配しています。

 また、当日に参加人数の手違いが発生し、予定していた収容人数を上回ってしまって、アタフタしたことに原因があるのですけれど、押さえていた会議室を放棄し、畳の部屋での開催となってしまいました。正座をされていた方々には、シビレが切れて痛い思いをさせてしまいました。さらに人数調整の問題は、プリントの印刷枚数の不備をももたらし、みなさま全員に行き渡らない状態から出発するなど、不手際をお詫びします。

 一人で計画、受付、立案、印刷をやっていますので、今回のような不手際が発生しないか、以前から気を付けて取り組んでいたのですけれど、当日調整かつはじめての三宮開催だったという不安定要素が重なり、みなさまにはご迷惑をおかけしました。次回からは、そつなく実施していきますので、今回だけ大目にみてやってください。

 さて、本日は問題解説と集団討論を2題実施いたしました。シート式の問題解説は、出題されそうな教育法規を20題用意いたしました。超基本的な教基法や地公法、教特法は満点だったと思われますが、社会教育法ほか、学校図書館法など、現在改革が進んでいる部門の法規類について、簡単な説明を加えながら演習したところは、しっかり復習してくださいね。

 今回は兵庫県を受験される方が少なからずいらっしゃると前提していたので、集団面接練習をやめ、討論を2題にしました。1つめのテーマは、「特別活動について、効果的な活用法を議論してください」というものでした。このテーマは、前回の生涯学習のテーマと同じく、討論の組み立て方が難しいものでした。春先以来討論を重ねてきて、通常の「簡単」なテーマに飽き足りず、チャレンジ精神旺盛に取り組んでいただきたいと思い出題いたしました。特別活動の意義について再確認する契機にもなるでしょう。

 2つめのテーマは、「生徒指導の根底を支えるものについて議論し、グループで1つの回答を出してください」と、ちょっと変わった出題をいたしました。ちょっと変わったというのは、「回答を出してください」というところです。この2つめのテーマは、1つめが構成難解なテーマであるのに対し、議論がしやすいように意図して出題したのです。両者を聞き手として経験してみれば、それぞれのテーマの特性のちがいがおわかりになったと思われます。

 1つめのテーマについて解説していきましょう。さすがに場数を踏まれているだけあって、ワタクシにあっては物足りなさを感じる討論でしたけれど、本番で、もしこれだけできていればOKというランクの討論になっていました。玉石混交の本番では、おそらくこのテーマでは一言も発しない受験生が参加者の半数はいるのではないでしょうか。まずもって、学級活動、児童会活動、クラブ活動、学校行事から特別活動が成立しているということが前提にできるグループかどうかに分かれると思います。こうしたところに教職教養の勉強が反映されるわけで、そこをクリアできたグループが最初のハードルを越えたといっていいでしょう。だがしかし、それゆえにテーマの切り口として学級活動を中心にすべきか、学校行事のひとつひとつを取り上げて議論すべきか迷うケースもあるでしょう。舵取り役の責任が問われる出題でもあります。

 仮にA〜Gさんとして、議論を再現してみましょう。Aさんが、まず口を開き、特別活動は生きていく上でいつでも自分にはね返ってくる要素をもった実践であるといわれ、学校生活と社会生活とを一番結びつける活動であるから、しっかり指導していきたいという旨の発言がありました。特別活動の意義をこのように語り、自分と社会を結びつける自覚の場としての意味を問おうとされていたのでしょう。そして、学芸的行事において音楽会に取り組みたいとおっしゃいました。

 ひきつづきCさんからは、学級活動を重視しクラス運営の支柱にしたいという趣旨の発言がありました。学級活動において学級目標を設定し、クラスの明確な方針、たとえば友人を大切にすることなど、を徹底させたい、そうすれば、一体感あるクラス運営も可能となるという発言です。学級活動を発展させた上に学校行事の「成功」があるという捉え方は卓見であったと思います。

 このAさんとCさんの発言に、すでに特別活動において、どんなところを話題の中心に据えるか違いがあらわれています。学校行事なのか、学級活動なのか、どういうふうにすすめていけばいいか、揺らぎがみえてきます。そこをうまく調節していくことが、個々の参加者の協調性をはかるバロメーターになるわけで、自己主張が強すぎると、自分の意見に固執する結果となってしまいます。つづけて発言したBさんが、学級活動についてその集団活動としての意義を説き、具体的に「いいところさがし」ゲームをし、個々の児童生徒の特性を見出したい、と発言されたので、学級活動をどのように実施していくか、その効果的な活用法に議論が固まったようにうかがえました。

 Eさんが、学級活動と教科教育との関連性を指摘し、どのように両者を摺りあわせていくかが大切であると述べられたのも、方向性を固めた発言であったと思われます。しかし、こうした重要な問題提起がそのまま放っておかれたことは残念でした。どのように教科と学級活動とを相互媒介的に組み立てていくのか、そこを是非とも聞きたかったです。この問題提起は、それだけでもテーマになるくらいの大きなもので、20分やそこらでは無理です。それゆえに、ある程度の見通しを、Eさんは提起した者として発言すべきであったでしょう。そして、それ以上深入りさせないように集団に対して振ればいいと思います。

 こうした学級活動を中心に進んでいた議論に一区切りつき、学校行事とのつながりを討論するようになりました。

 Aさんが、クラスの取り組みとしての学級活動になにをすべきか、リクリエーション活動をしようと述べられ、学級活動についての話題に終止符をうまくつけ、そこから話題が学校行事に転換しました。Dさんが児童会の実践例を話されたのが、これまたうまく討論の進行方向を決めたのではないでしょうか。たてわり班の活動例をだし、高学年と低学年との接触についてご意見されたのは、ワサビが効いたような発言でした。人間形成において粘り強さに欠けるところをどうすれば解消できるか、それを行事を通して解決しようと述べられたのもポイント高い発言でした。Dさんはこの討論時間において2回だけの発言でしたが、量より質という観点からすれば、よろしかったのではないかと評価しています。

 そして、Bさんからの、学校行事は道徳ともつながっている、一人ひとりの特性を伸ばす機会として行事を認識すべきだという指摘をはさみ、Cさんの「遠足を練習と捉え修学旅行をしっかり実行できるように指導したい」という発言や、Eさんの「学級活動を基礎に生徒会活動につなげていきたい」という提起がありました。

 このような討論の流れは、各参加者の勉強の深さによるところですが、とてもよかったと思います。結局、Cさんの「ものごとを決める過程で児童生徒は成長していく」という発言が場を引き締めたと思われます。

 FさんとGさんは、Aさんに促され、ようやく発言した、という感じでした。テーマの難しさはあるものの、もっと積極的に討論に参加して行く姿勢をみせなければなりません。Fさんは、学校行事の準備段階における活動について述べただけだったので、本番では印象がやはり薄いと思います。この練習の段階で発言量が少ないということは、本番でも気圧されてしまいますので、あえて「しっかりしてください」とお伝えします。Gさんは、今回唯一高校志望の方であり、初参加であったので、おそらくは発言に躊躇されていたのだと思いますが、初参加でも遠慮いりません。古株(笑)たちをぶった斬ってください。大勢の前で話をする力を養うのが特別活動の1つの役割であるといわれ、そうしたプレゼンテーション能力を「小さな社交」を通じて形成していくとおっしゃったのはよかったと思います。しかし、高校では特別活動に割く時間は少ないというのは、事実であったとしても、「効果的な活用法」を論ずる今回のテーマには似合わない発言でしょう。

 討論の解説・コメントについては、こちらのページも参照してくださいね。もう1つのテーマ、生徒指導については次回解説しましょう。

 この日はJR福知山線の再開の日でした。改めてなくなられた方のご冥福をお祈りいたします。
(6/20)

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 本日は、広島県教員採用対策学習会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。40人を越えるご参加をえることができました。みなさまの先生になりたいという強い気持ちがあってこそ、少しばかり遠い東広島の地に赴かせるのでしょう。また、これだけお集まりいただけたのは、広教組の先生方の広報努力の賜物でもあります。学習会を裏で支えてくださっているN先生、I先生はじめ、広教組のご尽力があってはじめて開催可能になっていると感じております。

 さて、本日の講義はいかがだったでしょうか。みなさんに考えていただきたいと、「宿題」をだしておきました。例の教育職員免許法に関する規定の問題についてです。教育職員以外の者の免許取り上げ、効力失効は、どういうものなのか、免許管理者が教職員以外の者の免許を取り上げるとはどういうことを指すのか、ですね。ワタクシは、結構、このような事細かなところにコダワリがありまして、なんといいますか、「わからないことはわからない」といいつつも、はっきりさせないと気持ちが悪いのです。まるで、「顔がわかっているのに名前が出てこない芸能人」状態といいますか、「これを解決しないと前へ進めない」状態といいますか、どうも暗雲をズパッと斬りたい気持ちなのです。ワタクシも引き続き調べたり、聞いたりいたします。7月9日に、その「回答」をお聞きしたいと思っています。

 本日の問題のうち、一番応用が効きますのは、「教育の構造改革−画一と受身から自立と創造へ−」です。講義でも申し上げましたが、ここに登場する教育術語をとっかかりに、想像力豊かにして記述式に対応できるよう鍛え上げてください。まさにこれは「困ったときのパンフレット」といえます。この問題も含め、他の個別問題も解説を充実いたしましたので読み込んでいただくことを期待しています。

 ただし、これまた講義で触れましたように、ご自身の判断をしっかり持ってください。現代教育批判の姿勢が強くなればなるほど、能力主義の問題や教養の行方について懐疑的にならざるを得ません。それには、残念ながら「そういうふうな考え方もあるのだなぁ」程度に認識をもちつつ、距離をおき、対応したらいいのです。先生のいうことが100パーセント正しいわけがありません。マルクスが「すべてを疑え」といっていることに、諭吉が「疑いの中に真理あり、真理の中に疑いあり」といったように、批判から真理がみえてくるものですが、それもワタクシたちのいまの立場では括弧にくくっておくのが無難でしょう。

 広島でも、できれば集団討論の対策をしたいと密かにワタクシは思っているのですが、その実現は先のことになりそうです。それから、1次の教職教養の記述試験対策も大切であるのと同じように、小学校全科や各専門教科の学習も捨て置けません。同時並行に学習し、乗りきってください。なにかあれば、「ひろしまのこくばん」に書き込みお願いいたします。

 本日は、当サイトからこの学習会の存在を知り、ご参加された方も多く、うれしく思っています。高い受講料ですけど、7月の最後の学習会にも来て下さいね。その最終回の学習会では、またアンケートにご協力お願いいたします。

 つづけてあすは、神戸三宮で当サイト主催の勉強会を開催いたします。ご参加のみなさま、よろしくお願いいたします。はじめての三宮開催で、ご参加があるかどうか心配でありましたが、わざわざ四国から来てくださる方(なんと前日から神戸いりするとのこと!)もいらっしゃり、ウレシイかぎりです。もちろん大阪の南の方からの参加も遠距離なので大変だと思いますが、よろしくお願いいたします。あすは、ある現役の先生から是非参加して、受験経験を参加者に伝えたいという有り難い言葉もいただいたのですけれども、座席が埋まっている関係上、そのお心だけをいただくことにいたしました。夏休みの開催のときに駆け付けて下さって、2次対策へのコメントをお願いしております。その際はよろしくお願いいたします。それゆえ、参加者の「ドタキャン」は勘弁してくださいね。また、26日の学習会にも、昨年、当勉強会を卒業し、もちろん合格された方が、これまた体験を語りたいといって下さっているのですが、この日もキャンセル待ちが5人と残念ながら次の機会にお願いしたく思っております。こんなことならもっと大きな教室を借りればよかったと、残念無念です。

 ところであすは集団討論を2題いたします。今回は、@特別活動に関する取り組み方と問題性、A生徒指導の根底にあるべきもの、を議論していただこうと考えています。

 そうそう、前回書き忘れたのですが、第37回に実施したシート式は、心理学の問題をとりあげました。そしてあすは、教育法規のまとめとして、穴埋め問題をやりましょう。ただ、兵庫県の1次対策としては、法規はあまりでませんので申し訳ないです。でもでも兵庫県1次は、はなっから教職教養がありませんので、どんなことでも吸収してやるという強い意欲をもって取り組んでいただくことを期待しています。時間の関係で、シートの問題を少々割愛することも考えています。

 では、三宮でお会いしましょう!
(6/18)

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 あすは、広島で学習会を開催いたします。ご参加のみなさま、よろしくお願いいたします。また、主催者広教組のみなさま、お世話になります。前回の反省を踏まえ、今回は、論作文もしっかり解説したいと思っています。アンケートにありましたように、4、5例を読み上げるのではなく、1つの論作文を例にとり、どのようにすれば客観的に書けるのか、また、書くべきポイントはどういうものなのか、について考察していきたいと思っています。

 ワタクシたちの課題は、テーマに即した書くべき内容の記憶ではなく、テーマに沿った思考を深めていくところにあります。解答そのものを憶えても、違うテーマが出題されれば、それまでだからです。広島県の解答用紙は、かなり字数多く、一筋縄では論理展開できないので、個別問題の解説をじっくり読まれて、もしそれが論作文のテーマとして出題されても対応できるようにされることを望みます。

 そうした、各個別の問題につきましては、これまでどおり予想問題を設定し、それを深める形で進めていきます。今回は、教員免許関連において、みなさまにも考えていただきたいところがありますので、よろしくお願いいたします。どうも、法規と実態とが噛み合わない部分があるからです。おそらくワタクシの理解不足なのでしょうが、みなさまからのご指摘をお待ちしています。

 あすは晴れそうですね。梅雨入りしたのに不思議な気もしますね。昨日は、大阪は朝から雨、しかし昼から「おひさまさんさん」でした。つまり、傘を忘れてしまう条件が整っていたわけで、勤め先にしっかり置き傘になってしまいました。
(6/17)

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 今度、ある雑誌に教育基本法について論考を寄稿する予定なので、いろんな関係研究書に目を通し、下調べしているのだけれど、改めて勉強してみて多様な賛成論、反対論があるなと実感している。もちろんここでいう賛成、反対は、「教育基本法改正」にどうであるかの態度表明であるわけだが、賛成の論点は、大雑把にいえば、やはり教育による国民支配と統合を旗頭に論陣を張っている。こちらの主張の根は、例の、憲法の作成過程批判と重なり合う批判を併せもっている。つくづく国家主義的な支配の主張であり、現状の教育がダメだ、戦後教育の在り方が悪かったのだ、というスタンスが多い。

 反対の場合の論拠も、「教育基本法はとってもスバラシイものだから守っていかなければならない。だから反対だ」というような、あんまり論理性を感じさせない反対論から、理論武装完全な反対論まで多様である。

 そうした多様な反対論の中で、次のような見解がある。教育法制の専門家である著者は、「教育基本法そのものが、戦後教育の支配的現実、すなわち、能力主義、差別・選別、自由の抑圧などの現実を作り出してきたことに無縁ではなく、それらは近代公教育法制としての教育基本法の原理・原則に由来するところがあり、教育現実の批判は教育基本法の再審、その枠組みの克服、変革の対象でもありますが、今回の『改正』は、私たちが自らの歴史的課題として教育基本法体制を変革していく可能性をいっそう困難にせしめ、奪うものであるという意味で反対です」と語る。

 この発想の底にあるのは、法制度総体に教育基本法を位置付けて批判をしようとする優れた姿勢と分析である。そして、近代主義批判を近代主義でやっては、相手の武器をとって相手に立ち向かうことになり、法制批判の原動力たりえないと喝破しているところに、感銘を受けた。市民あるいは国民の主体的な変革意識を法制度に貫徹させたいと願う発想は、当たり前だが単に教育基本法がいい、悪いのレベルを越え、また、教育行政批判を越えたところに立脚点をおいているので、現代教育思想を考える上で味わい深い。著者は「改正」を議論する法思想の土俵の在り方を問題にしているのである。いわゆるポスト○○主義の言葉を出さず、「次を見据える目」を創出しようとしている態度であろう。「私たちが自らの歴史的課題として教育基本法体制を変革していく可能性」というのは、「改正」のあるべき方向性を示唆しているではないか。

 ところでワタクシは、教採受験生が単に教育基本法を丸暗記することは、まったく意味が無いと思っている。残念ながら無駄な勉強である。こうしたスカスカの「訓練」を強いる教採試験そのものに反発ありありである。一生懸命勉強したものが、自分の人生において次に生かせないのだから大変残念である。そのあたりを「改正」した採用試験が作成されればいいが、これまたイデオロギーの問題がまとわりつくから、難しい。「表向きは奄ナ、本音は」、ワタクシにこう諭してくれた方が過去にいたが、どうやらそれは性格上無理である。受験生は、残念ながら、今後も、この2面性を備えなければならないだろう。

 自分の人生において次に生かせる学びを是非とも忘れないようにしたい。単なる丸暗記で出発したとしても、それがいつか個々人の中で太い樹木のような教育的な発想を生み出せるよう期待するのである。ということは、狭義の教員生活をはみだし、理論と行動を一致させうる広義の教員生活を願うということである。
(6/15)

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 一昨日は当サイト主宰の勉強会に、多数ご参加いただき、ありがとうございました。今回も定員いっぱいになり、活発な議論と意見交換の場となりました。とりわけ今回は、現役の先生をお2人も迎えることができ、後輩たちに温かい指導をいただけました。すでに何度も来ていただき、有益な指摘をくださっているルパンさん、それにわざわざ滋賀からかけつけてくださった、れのんさん、ありがとうございます。

 れのんさんは、原稿用紙に換算すれば20枚にはなろうとする「個人面接に克つ!」と題したペーパーまでご用意いただき恐縮です。面接に戸惑っている方々を落ち着かせる内容をもった参考ペーパーになってます。ご自身の経験(れのんさんは高校数学の教員です)から対策を練られているので、受験生にあっては実践的に役立つものとなっています。ありがとうございました。もちろん、次回以降勉強会に参加されるみなさまには、コピー代だけで提供いたします。また、このほかにもストックしているペーパーも自由にコピーしていただけます。


コーヒー会の一齣


 さて、今回の勉強会は、シート式の問題解説、集団討論、集団面接、個人面接、しかも面接官役が3人と、もりだくさんでした。いつもいま書いているような勉強会の報告で、集団面接についてもコメントを書こうと思いながら、その答え方を書いても、ある意味しかたがないので、そして、時間の問題があって割愛した状況にありました。実際、面接に「ある決りきった答え」ないしは「答え方」なんかなく、いかにして自己を素直に表現するかにあると思うのです。そうした意味では、紋切り型の「答え方」を憶えても意味がありません。問題は、面接官の質問に対し、いままでの自分をどうぶつけるか、にあります。それをノート(200字帳!)に書き、実際しゃべってみる。自分自身を見つめ直す作業に没頭することです。それは、教えられてなかなかできることではありません。ワタクシが、受験生に対し個人面接に関していえることは、表現の問題・形式の問題・独善になりすぎていないか、この3点ぐらいであると思っています。受験生一人ひとりの経験は、かけがえのないものであり、そうした経験がしっかり面接官に届く術をこの勉強会ではやっているといっていいでしょう。訴えるべき内容を最初からもっていないなら、どうすることもできません。しかし、絶対にもっているんですよね。一人ひとりの受験生のもつ、そうした特色を引き出して、形に変えていくことのお手伝い、そんな感覚です。

 集団面接については以上です。集団討論では、「生涯学習のことについて自由に討論してください」をテーマに議論していただきました。このテーマは、難しいものでした。それはどういう意味で難しいかというと、「テーマが広範にすぎるので、どう意見を重ねていくのか困難」ということです。たとえば、これに近いテーマで、「生涯学習と学校教育との関連について議論してください」でしたら、まだしもやりやすいでしょう。さらに、「生涯学習の理念を踏まえて、学校教育と図書館の活用について議論しなさい」となれば、より一層討論しやすくなります。ということは、テーマの「自由に」をどのように料理するかということになります。「自由に」は曲者です。右欄の「集団討論についての覚書」でも再三触れていますが、「テーマの翻訳」をいかにするかということになります。

 「自由」であるがゆえに限定をつけて議論を絞っていくには、リーダーシップが必要になります。こうした「自由な」テーマでは「発表会型」になりがちなので、それを打破するためにも、誰かが切り盛り役にならないといけないかもしれません。おそらく、こうした絞りにくいテーマをリードすることができれば、その受験生はリーダーシップがあると評価されるのだと思われます。類題としてたとえば「総合学習について自由に議論してください」と出題されるとすれば、こりゃー、すごくこまるでしょう。リーダーシップ云々については以下に述べる「集団討論の評価」のところで繰り返しましょう。

 結局、「自由に」を捌ききれず、個人個人が別々の意見をいいあい、議論が重なり合わない感のある討論になってしまいました。面接官役の3人とも、ちょっと不満でありました。れのんさんのいわゆる「アピールタイム風座談会」に堕してしまったようです。前回までの勉強会報告書でも触れていますように、しっかりトピックを立ててください。個々の参加者がよい意見をもっているのにもかかわらず、噛み合わないまま終了してしまって、残念でした。そういう意味では、上で述べた意味の「難しいテーマ」に本番であたってしまったら、損といえば損ですね。参加者の発言をとりあげてみましょう。

 土曜日をどう使っていくか、地区で様々な「遊び」を体験し学んでいく、そこに子どもの穏やかな顔がみれるとうれしい。現状では、ゆとり教育といわれているが、授業の詰め込みになっている。学校で自ら学んでいく意識を養成する。それが初等中等段階でやるべきことである。自らの興味関心、意欲に基づいてやっていくのが生涯学習である。「学び」に年齢は関係ない。趣味的な生涯教育もある。子どもたちは知識を得たいという欲望がある。好奇心を育て学んでいく心を忘れないようにさせるにはどうするか。子どもとキャンプをして自然との関わりを育てたい。野外活動と生涯学習との関連。不登校、ひきこもりの問題を解消するためにも社会に彼等がでてから受け入れてもらえる学びの機関を作りたい。学校を地域に提供したい。社会教育団体に学びにいく場の提供。学びにいく姿勢をはぐくむ。生涯学習の現場は、コミュニケーションの場となる。自分らしくあるための場、学びの場としての生涯学習を模索したい。「なぜ勉強しなければならないのか」、こうした疑問を追求できる生徒を育てたい。生涯学習イコール総合学習かどうか。学習偏重でも人間形成偏重でも困る。勉強していく意味を発信していくのが教員の役割ではないか。生涯学習は国際的に議論されている課題である。教員として生涯学習にどのように取り組んでいくか。地域に教育的還元をするとして私たちはなにがレクチャーできるであろうか。社会人をリタイアしたあと、次にまた仕事ではなく、学びたい意識を伸ばすにはどうすればいいか。60歳定年退職後の生涯学習、第2の人生を豊かにするための生涯教育とはどのようなものか。小さなうちから学ぶ心を育てたい。

 上に羅列したように、語るに足る発言が多いものの、それらが凝固点をもたずにバラバラに発言されていたがゆえに、討論になりきれていない座談会になったということでしょう。そうした意味で評価が低いわけです。誰かがテーマの翻訳をして、学校教育と生涯教育の関連に絞りましょうといえば、おそらくリタイア後の成人教育にまで話は広がらないでしょうし、生涯学習と体験活動の関連、生涯学習と教科教育の関連と文節を区切って意見を出し合えば、少なくとも討論の体裁は整います。それだけでも面接官の印象はかなりちがいます。

 では最後に、「集団討論の評価」について述べましょう。といっても、今から述べることが正しいとは限りません。ぼんやりわかってきていることを述べるのみです。おそらく、集団討論の評価観点で一番重要なのは「協調性」でしょう。次に「説得力・表現力」、そして「リーダーシップ」ということになるのではないでしょうか。れのんさんもおっしゃっていましたが、「協調性」が重要なのは、他の個人面接や集団面接でこれを評価することができないからです。はじめてあう受験生のあいだであっても、独善的にならない、自己主張が強すぎない、他者の意見を尊重する、こうした態度を面接官は見極めようとしています。出過ぎるよりも控えめな方がいいし、控え目過ぎると「自分がない」と思われてしまう。この両極端にならず自分の立場を客観的に保持すること、これが最良でしょう。とてつもなく難しいことです。

 実際は、その最良をめざしつつも、それをめざしている態度であるかどうかが評価されるのであると思われます。べらべら一人しゃべるのがあまりよくないのは、こうした観点から理解できると思います。さらに、まったくしゃべらないのも評価の仕様がないわけです。

 そして、上にいったように「リーダーシップ」は、テーマによって発揮するべきでしょう。参加者の意見がでやすいテーマでは、それほど「リーダーシップ」を発揮しようと思わなくともいいわけで、どう組み立てるか難しい討論に限り「いっちょうやってやるか」でいいのではないでしょうか。

 「説得力・表現力」、これが「協調性」に負けず劣らず大切なことです。もちろん「ナニをいっているのかわからない」ではどうしようもないからです。ご自身の意見を筋道立てて相手にしっかり伝えられるかどうかですね。教員が知識の伝達をひとつの仕事としてもっているかぎり、言葉を操る能力はとってもとっても重要です。

 個人解剖は、今回はMさんに挑戦していただきました。3人のオヤジを前に、しっかり元気よく答えていたと思います。圧迫的な聞き方にも、ものおじせず、堂々と答えていらっしゃいました。もう少し直せばいいと思った点は「表現力」ですね。次回を期待しています。
(6/13)

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 なんだか、チョ〜忙しくて、更新ままならずです。論作文を添削するので精一杯という感じです。コンテンツの充実が遅れています。大阪版のまぐプレの原稿もだいぶんたまってきました。これは来年度を見据えて発行していこうと思っています。

 あすは当サイト主宰勉強会を開催します。ご参加のみなさま、よろしくお願いいたします。遠く三重からもお越しですし、四国からも来阪される方もいらっしゃり、ウレシイ限りです。集団討論のテーマは、「生涯学習」について考えていただきましょう。

 7月は北海道を皮切りに試験がはじまりますし、なかなか参加者が集まりませんが、来ていただいた方々と、いつもどうりしっかり勉強したいと思っております。

 それにしてもこちらの事件は…。2本目も用意していたとはなんともいえません。それに、こんなことあんなこともあって、話題豊富な教育界ですね。
(6/11)

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