日々旁午

2009



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当サイト勉強会で使用している問題集や参考書ほかを、大阪駅前第2ビル地下2階で、いつでも購入することができるようになりました。地下2階のレンタルボックス・キャビン(06-6344-0509:営業時間/平日11:00〜19:30/土日祝11:00〜18:00)というお店に陳列しています。下の写真、ロボットが目印です。問題集のほか、しょうもない小物も置いていますのでご覧ください。

現在、「シート式C」、「シート式D」、「平成20年夏実施大阪府過去問解答解説集(教職教養部分のみです)」、「平成19年夏実施大阪府過去問解答解説集(教職教養部分のみです)」、などを陳列しています。

レンタルボックス・キャビン店内に連絡掲示板が設置されています。連絡掲示板にご要望を記入いただければ対応しますので、必要な資料あるいは問題集について簡単にコメントくださいませ。コメントがあれば、おきたいと思っています。そのほかは、こちらのページ(日程の下に資料の一覧表があります)、および、こちらのページを、どうぞご覧ください。よろしくお願いします。

各種資料ほかをご購入いただいた方々、ありがとうございました。お礼申し上げます。

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■本日、広教組主宰・広島県教員採用試験対策学習会にご参加されたみなさま、お疲れさまでした。最後の方は息切れで失礼いたしました。ただいま新幹線の中です。
 また、今回も原稿チェックから印刷手配方までご担当いただいた、広教組の先生方、ありがとうございました。残すところ今期はあと2回となりましたが、よろしくお願いします。
 みなさまとは、次回は7月初旬にお会いすることになりますね。それまでに、これまで配布したレジュメ3部を完璧に習得しておいてください。教職教養は、満点めざしましょうね。
 あすは、当サイト主宰勉強会を開催します。ご参加のみなさま、よろしくお願いします。あすは、おそらく集団面接が中心になるかと思われますが、討論のテーマも用意してまいります。
 大阪府1次マークシート対策解答解説講義の日程が近づいてまいりました。ワタクシもワクワクしております。お申込の方には、来週半ばにメールにて最終のご案内をいたしますので、ご確認ください。
 なお、当日配布する資料を有料ではありますが、郵送でも受け付けておりますので、よろしくお願いします。請求のメールお待ちします。
(6/20)

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■次に発言されたのはAさんでした。Aさんは、児童生徒は不得意科目をどうしても避けてしまうので、嫌がる気持ちをもたせないよう、反復学習にさそうといわれます。励まし方次第で不得意科目から逃げないようになるとお考えのようです。Bさんは、励まし方も生徒理解が前提となるとのご意見であり、内面の観察は欠かせないと述べられます。体育であれば、運動能力の有無が評価に直結するけれども、体育が苦手な場合、この苦手を克服する鍵は、たとえば運動の準備にどれだけ取り組むかといったところにもあると発言されました。いわゆる学習への取組、意識、関心の評価から、数値的な評価を高めることによって、外的に苦手意識を減衰させるということでしょう。
 Dさんは、Aさんのいわれた反復学習について補足的なご意見を述べられました。反復学習するのは何のためかといえば、いうまでもなく基礎基本の定着のためである、と。そして、その定着のためには、教員自身の「話術」が大切になってくるのではないかと主張されます。Dさんのいう「話術」は、Aさんの「励まし方次第」の中身となってくるものでしょうけれども、小学生に対しては、むつかしい話し方をせずに学習に引き込む工夫がいるということですね。Cさんは、高校志望ですけれども、この「話術」に関しては、ほぼDさんの主張と同様であり、むつかしいことを話すのではないというのは、高校でも同じであると指摘されます。言葉による歴史的な現象理解はむつかしいので、日常あるいは現在の問題関心を例に出して話すということになると述べられます。日常あるいは現在的な問題関心とのリンクは数学でもそうで、Eさんは生徒に興味を持たせるためにも数学と日常生活との関連性を探り、数学を好きにさせたいと抱負を語られました。
 逆に、日常生活に役立つ学習をしようという観点から述べられたのがAさんでした。国語の学習、本を読む勉強は、話す力や語彙力を身に付けることができます。それを他教科でも活用して深い学びに持っていくと考えられています。そうした学習の転移を具体的にアメリカ建国史の話題を提出して話されたのがCさんでした。オバマ大統領選挙があったことを「日常あるいは現在的な問題関心」とし、その話題からアメリカの建国を考えていくとのことです。
 つまるところ学習を「点」で捉えるのではなく、つながりのある「面」で捉えることが、児童生徒の学習への興味をかきたてるのでしょう。そうした立場からDさんは、体験学習をどの教科でもできるだけ取り入れるのがよいのではないかと提案されました。Bさんがいわれたように、授業にいかに興味を持たせるかが不得意克服の方策であって、体験学習もその方策の一環として効果的な実践であることを承認されます。また、苦手の克服は、その苦手教科だけの克服と捉えるのではなく、また、なぜ苦手になったのかを考えるためにも、児童生徒の生活全体を把握し、全体の中で一部の苦手の克服に取り組んでいくことが教員には期待されているとまとめられました。反復学習にせよ、体験学習にせよ、また、地道な通常の方法にしろ、スモールステップを設ける指導が苦手克服の指導方策でもあります。このご意見はAさんが述べられたものであり、一足飛びにできるように指導するのではなく、やはり地道な取組が欠かせないことを示されています。
 Eさんは、目標を持たせること、目標を自覚させることが、数学の場合とりわけ重要であると認識されています。たとえば単元「正負の数」を指導するときでも、なにをこの時間で身に付けるべきであるのかを導入段階で自覚させることによって、その後の展開が違うということを指摘されました。最後に、Cさんは、不得意にならないように、「学習評価が低い」児童生徒に合わせてゆっくり指導する場面もあえて必要なのではないか、また、成績の高低がきつい教科では、教えあい活動も意味があると述べられ、議論は終了いたしました。
 20分を切る持ち時間で全21発言でした。1発言あたり1分を切っています。それが討論にスピード感をもたらしました。
 今回の苦手科目の発生原因とその克服法を議論するにあたって、討論参加者たちはどのようなところに注意をおくべきであったでしょうか。これは、この水曜日の討論でも同じで、水曜日の討論テーマは「学力の3要素を確定しその指導方策を議論しなさい」というものであったのですけれども、両方のテーマに仕掛けがあるのは明白です。それは、当たり前のことなのですけど、2段構えになっている討論テーマなのですから、討論の進行も2段構えにしなければならないということです。討論に分節をつけるということです。これがなかなかむつかしい。というのは、参加者はみなさん手探りですし、どういうようにまとめるべきなのか、参加者の学習レベルの違いも手伝って、設定するのがむつかしいからです。テーマが複数個の回答内容を求めている場合、はっきりそれをクリアしていく姿勢を採点官にはみせ付けるべきでしょう。それが評価されるコツです。では、司会を立てなくていいと指定があったとき、こうした分節の設定を誰がどうするかが問題になってきます。しかし、それこそ協調性なのでしょう。交通整理役としての司会は、「立てなくてもいい」ならまだしも、「立ててはならない」なら、司会的な役割があった時点で評価が低下します。司会は複数回の指示をすることによって、「司会」であろうと判断されます。だから、今回のテーマのように、苦手の発生要因を考えましょうと指示するのがXさんならば、次の苦手克服の指導法を議論しましょうと指示するのをYさんがすればいい、ということになります。こういうように複数回指示の司会を設けずに「協調性」あるように指示を分担すればよいということになります。
 大阪府は今年から討論がなくなりましたが、併願される方もいらっしゃるでしょうから、2回に1回は討論をしていきましょうね。

(6/18)

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7月11日の土曜日、(JR大阪駅近辺、13時より)、キャンセルがありました。先着1名の募集です(先に参加協力費1000円の振込申し受けます)。右上のメールフォームより、みなさまからのご応募お待ちしています(すでに決定している場合もあります。その際はご容赦ください)。ドコモほか、携帯からのお申し込みはご遠慮ください。ブロックされて返信のメールが届かない可能性が高いからです。お申込者には、ご連絡差し上げます。確認のため、必ずご返信ください(再募集開始:6月9日23時40分⇒18日09時51分、お申込あり、募集終了いたしました)。

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■それでは、集団討論の模様を断続的にアップしていきたいと思います。討論時間は20分程度、参加者は5名でした。仮にA〜Fさんといたします。
 最初の発言者はBさんでした。Bさんは、テーマを確認された後、不得意科目の克服は、生きる力を養成することにつながり、わけても、問題解決能力を身に付けるためであると述べられました。そして、不得意な感覚をなくすため、生徒と対面し、イイトコロを見抜くことからはじまるのではないかと述べられました。この発言に関連し、討論終了後、かなりの議論になりました。それは、生きる力や問題解決能力と苦手の克服の関連性がはっきりしないという点にありました。問題解決能力を児童生徒が身に付けることは重要です。しかし、これが苦手克服とどう関連するのか。これを説明しないままの討論スタートであったので、後に発言するメンバーの負担になったのは事実です。
 Bさんは、平成10年の学習指導要領以来の文部科学省の主張である「学力」=「生きる力」を意識して発言に織り込まれているようでした。また問題解決能力の育成を掲げることによって、議論の幅が広がることを期待されているようでした。討論の間口を広げ、多様な意見が出てきやすいようにすることが第1発言者の役割であることは間違いありません。ただ、そうならなかったのが、反省点でしょう。
 というのは、次の発言者がベタな発言をされ、第2発言者であったのに、第1発言者であったかのように討論がすすんでいったからです。Bさんは、結構むつかしいことを結果として発言したのに対し、第2発言者であるCさんは、きわめて原始的な問題意識から発言されたのです。すなわち、「わたしは算数が苦手でした。算数のある分野でつまづいたからです。だれでも好き嫌いはあります。わたしは算数がわからなくて嫌いになりました」と述べられたわけです。別にむつかしいことを述べているのではなく、自己の経験から、過去をあるがままに表現されたのですが、説得力がありました。そしてこのCさんの実感は、多くの数学嫌いの実感でしょう。ワタクシも、その1人です。だから一層、「うんうん」とうなずいてしまいました。不得意科目、不得意教科が生じるのは、わからないから嫌いになるの1点に尽きるとCさんはビシッといい切られました。そこでDさんが、わからないのは、それではなぜかと問いを立てられまして、小学校であれば、単純作業を低学年では行う授業が多いけれども、それが学年があがるにしたがって複雑になるということを理由に挙げられました。具体的に、単純な足し算や引き算の課程を経て、高学年では通分、約分をする分数も登場するといわれまして、ルールの高度化が苦手意識を生み出すのではないかと考察されました。すなわち学びの抽象化がすすむにつれて、苦手意識が出てくるということでした。Eさんは、このほかにも、途中で問題を投げ出してしまうことが苦手意識をさらに増幅すると述べられました。数学の証明の問題など、じっくり取り組まなければできない問題にぶちあたったとき、根気強く、粘り強く対応する気力がなければなりませんね。そうした意味では、Bさんのいわれた生きる力が必要です。息長く1つのことを考え抜く力が生きる力を構成する力のひとつだからです。キレる子どもが多い中、数学の証明問題をあきらめずやり切る力は、是非とも育成したい学力にほかなりません。
 このEさんの発言に対して、途中で止めてしまったと捉えるのではなく、途中まで何とか取り組んだと捉え、児童生徒のがんばりを認めることも、ほめる指導をする立場からは重要なのではないかとAさんは述べられました。Aさんは、やさしい心の持ち主なのでしょう。いやいや、なにもEさんがそうではないというわけではないのですけど、Eさんの証明問題の途中投げ出しの話のニュアンスは、叱咤激励の意味合いもあってのことだとワタクシは解釈したからです。Aさんの「ここまでできた」を「最後までできた」にするにはどのような指導のサポートがいるのでしょうか。Aさんには、ここを語ってほしかったのです。半分までできたことをほめるのはいいでしょう。しかし、それは結局は厳しくいえばEさんのいうように投げ出しです。継続してやり遂げる力が、苦手を克服するのであれば、その方策をこそ明示するべきでしょう。
 Bさんは、わからないから不得意になるとすれば、わかる授業を提供することがその解決の糸口になると、今回は、ストレートな発言でした。個々の児童生徒のわからないところを見抜く授業展開と勉強への動機付けが要求されると述べられます。さらにBさんは、集中力をどのように育成するかということに言及されました。集中力こそが学習をするうえで一番重要な力だとワタクシも考えていますので、深く同意します。この集中力を身に付けさせるには、では、どうすればいいのでしょうか。それはほめる指導をすることにあるのでしょうか。Eさんは、ほめる指導でも、ほめ方を変えることによって個々の児童生徒の対応策になると述べられ、いわゆるできる子には発展的な問題も提供してほめ、苦手な子には1問1問できればほめると発言されました。今回のテーマに即せば、地道に1問1問ほめるやり方が、苦手克服につながるのですね。
 ほめる指導にあって、どこまでやればほめるのか、という設定の問題があるというのがDさんのご意見でした。Dさんご自身は、その設定は一人ひとりの教員がなすべきだという立場で、だからこそ児童理解が前提になると発言されます。Cさんも、個々の児童生徒の学力を把握しておくことが教員に期待されることに同意されました。そして、ひとつわからなくなるとどんどんわからなくなる理数系の科目と同様に、ご自身の専門である地歴も実はそうであると話されました。歴史でも古代がわからないと中世がわからないようになると述べられたのですけど、これにはちょっとワタクシは疑問を差し挟みました。歴史が理数系同様に基礎から一歩一歩積み上げていく科目であるかどうか、議論しなければなりませんが、これは討論テーマの本質ではありませんので、また別のところでやりましょう。Cさんは、つまるところ苦手克服は個別指導によって解消できるとお考えのようです。
 さて、今回のテーマは、なぜ苦手が生まれるのか、その苦手をなくすため、どう指導するのかなわけですが、最初の「なぜ」にはCさんやDさん、あるいはEさんが正面から回答しようとしていたといえるでしょう。次に、この苦手をどう克服させるかの指導論になっていきます。
(以下、次回更新)

(6/17)

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■きのう、きょうは、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。新しくご参加された方もいらっしゃいましたが、いかがだったでしょうか。今後もよろしくお願いします。最近では、Aさんに大活躍していただいて、本当は苦しい採用試験合格への道のりであるにもかかわらず、楽しい雰囲気でそれを忘れさせてくださるようでもありました。ありがとう!参加者全員で合格をめざしましょう〜
 さて、土曜日は、まず、集団面接を2グループ実施いたしました。最近は、シートベルト式で実施し、高度な集団面接であるにもかかわらず、みなさん健闘しています。今後もこの調子でイイタイコト、語るべきことを増やしていってください。最初の自己紹介、志望動機的な40秒間も、複数個用意してくださいね。また、声のトーン、がなり、小ささ、笑顔、緊張など、イロイロ指摘されているところがありますね。普段の行為行動が、本番で出るものです。意識して手直ししてまいりましょう。これは、日曜の集団面接参加者にも、同じことがいえます。
 日曜には、土曜日にできなかった個人面接を実施しました。土曜日は、集団討論の反省が充実したので、時間がなくなってしまいましたので。お2人の方に個人面接に挑戦してもらいました。今回挑戦されたお2人とも、しっかりした印象でした。
 ひとつのポイントは、いわゆる「危ない橋を渡らない」回答の仕方でしたね。これにはこれで、異論があるとは思われます。どういうように対応するべきかは、個々人にお任せです。
 最後に集団討論の再現ですが、これは、例によって、次回の更新から断続的にお届けします。テーマは同一で、「だれにでも得意科目と不得意科目があります。不得意の科目ができるのはどうしてでしょうか。また、不得意科目の克服について、指導者としてどのようにしますか、議論してください」でした。土曜はなかなか多様な側面が議論されまして、日曜はどちらかといえば、ひとつところをめぐっているような印象でした。土曜日の討論を再現したいと思っています。

(6/14)

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■このように、教育実践とテーマのたずねているところとがうまく噛み合った発言は、評価が高いでしょう。単に教育理論だけでも、単に実践だけでもない、そうした発言力が討論では期待されるのです。問題は、そうした発言がその場でできるかということですよね。本番ではかなり緊張してますし、それこそ頭をフルに回転させているはずですが、それでもなかなかできないことです。だからこそ、練習を積む…
 さて、次に発言されたのは、Eさんでした。Eさんは、体育祭など児童生徒が一致団結できる特別活動の場面を有意義にすることによって望ましい人間関係を育成できると期待されています。また、そこでは、個々の児童生徒の役割分担も発生しますし、とすれば、それは個々の児童生徒の得意分野も自ずとわかるようになりますね。Eさんのおっしゃるとおりです。Bさんは、個々の児童生徒がなかなかみせないところをどう引き出すかも重要であると述べられます。人間関係を深めるには、そうした個性的なところの相互尊重が求められているからですね。また、Bさんは、クラスにおけるグループ化をなくすような努力も、望ましい人間関係を成立させるには考えなければならないポイントであると確認されました。
 Aさんは、豊かなコミュニケーションが望ましい人間関係を形成するのであれば、そうしたコミュニケーションが成立する機会を多面的に設けるべきであり、そうしたコミュニケーションが成立する雰囲気を大切にするべきであると主張されました。先ほど登場した特別活動を有意義に指導に生かすのも、こうした機会の提供にまとめられますね。また、言葉で説明し、相互理解を促進することが大切で、「空気を読め」というのは間違いであるとAさんは自説を展開されました。
 最後にCさんが、良好な人間関係は、授業で作られるといい、隣に座ったもの同士が声を掛けあい、「○○ページを開いて」といったときに、教科書を指差しあうことも可能であるとされ、このような簡単であるが重要な指示と行為が、望ましい人間関係を少しづつ積み上げていくものであるとまとめられました。男女の仲良い望ましい関係も、そうでしょう。
 以上で20分間の討論時間が終了しました。今回は、とてもおもしろく拝聴させていただきました。なお、望ましい人間関係については、体験活動を通しても育まれるものですし、そうであればボランティア活動についての言及があってもよかったのではないでしょうか。また、ICTのことを考えますと、望ましい人間関係を阻害するネット関係の問題性、メールのやりとりにおける文章不理解からくる仲違い、DV的な問題にも触れていいでしょう。そして、基本的な生徒理解の方法論も、教育原理的には話題に出してよかったのではないでしょうか。例の、観察法や面接法などです。
 さて、きょう、あすも、当サイト主宰勉強会を開催いたします。府の課題からはなくなりましたけれども、集団討論は是非やりたいですね。参加者が互いに触発されて、教育的な思考が深まっていくからです。
 では、また。

(6/13)

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7月4日の土曜日、(JR大阪駅近辺、13時より)、キャンセルがありました。先着1名の募集です(先に参加協力費1000円の振込申し受けます)。右上のメールフォームより、みなさまからのご応募お待ちしています(すでに決定している場合もあります。その際はご容赦ください)。ドコモほか、携帯からのお申し込みはご遠慮ください。ブロックされて返信のメールが届かない可能性が高いからです。お申込者には、ご連絡差し上げます。確認のため、必ずご返信ください(再募集開始:6月12日00時09分⇒00時11分、お申込あり、募集終了いたしました)。

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■さて、次に発言されたのは、Fさんでした。Fさんは、望ましい人間関係の基本は相互の信頼関係にあると基本に立ち返った立場から、相手を思いやる心の育成がなによりも大切なのではないかと投げかけられます。小学校6年生の算数の授業で、「わかれへんかったけど、教えてもらってわかった〜」との声があるのをFさんは大変喜ばれたようで、教えあいの効果が人間関係を成立させているのを確認されたわけです。そして、そうした場面を逃さず、すかさずほめる指導をすると実践的な生徒指導を心がけていらっしゃいます。Dさんは、この例につづいて、右腕を骨折した児童を中心にして思いやりの心が高まっていく例を挙げられました。Dさんは、助けあいのあるクラス作りについて述べられたのですが、骨折しているとどうしてもやりにくいことがふえる、だから骨折した児童に対し、「助けてもらったら、ありがとうといおうね」と声かけされました。しかし、その声かけを待つまでもなく、クラスでは骨折した児童をクラスメート自らが助けるようになっており、自然にあったかい雰囲気になったそうです。これを語っていたDさんも感動していたようでした。
 Aさんは、ご自身が障がいある立場です。手助けをして、手助けをされて、ありがとうといわれるし、いう、そうしたことが自然にできるようになったと述べられます。こうした感覚が自発的にクラスで起こるようになるのが理想であるとの主旨を述べられました。クラスがクラスのためにお互いに手を差し伸べるようになること、これがFさんのいうところの、本当に相手を思いやる態度の育成ということになりますね。
 Cさんは、Dさんの挙げられた骨折した児童のほか、元気がない子、いつも一人ぼっちの子もいると指摘されます。骨折した児童は、みればわかり、どのように対応するべきかクラスメートもわかります。わかりやすいです。しかし、いわば精神面で苦しんでいる子については、なかなか手を差し伸べることがむつかしいです。だからこそ、児童生徒をよく観察し、元気がない子にはやく気付いて声をかけるのが重要な指導となると述べられます。「先生はここにいる」との安心感を児童生徒に与えるような言動が求められているとCさんはご意見されているわけです。こうした指導が積み上げられ、より豊かな人間関係が形成されると主張されました。つづいてBさんは、道徳と関わって、学校における日常的な環境の整備ということについて簡単にコメントされました。
 Fさんは、望ましい人間関係を形成するにあたっての、コミュニケーション能力の育成について問題にされ、どのように児童生徒の人間関係形成に教員がタッチするべきかということについて発言されます。教員が授業時間だけでなく、あらゆる時間帯において児童生徒と行動をともにすることが、相互の理解を深める本来一番いい方策です。小学校ではとくにそうでしょう。休み時間でも、子どもたちのしているドッジボールにすすんで参加し、彼らとの距離を物理的にも心理的にも縮めることができればいいですね。学級活動においても、同じことがいえるでしょう。Fさんは、ゲームを取り入れる学級活性化策を提示されました。
 Dさんは、Cさんが話題に出された元気のない子のほか、話しかけにくい子、しゃべらない子に対するアプローチを示されました。そうした子どもでも、音楽を使って支援することはできる、音楽がなっている間は手をつなごう、というように条件を決めて、話しかけにくい子も活動に参加させることができる、という提案でした。
(以下、次回更新)

(6/12)

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6月17日の水曜日、(地下鉄淀屋橋駅近辺、13時より)、キャンセルがありました。先着1名の募集です。右上のメールフォームより、みなさまからのご応募お待ちしています(すでに決定している場合もあります。その際はご容赦ください)。ドコモほか、携帯からのお申し込みはご遠慮ください。ブロックされて返信のメールが届かない可能性が高いからです。お申込者には、ご連絡差し上げます。確認のため、必ずご返信ください(再募集開始:6月9日20時19分⇒11日10時38分、お申込あり、募集終了いたしました)。

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■参加者を仮にA〜Fさんとして再現していきますが、最初に発言されたのは、Dさんでした。Dさんは、望ましい人間関係が現在求められているのは、それが希薄であるからにほからないというように、テーマから逆接的に根拠を捉えようとされました。実際、Dさんがいわれたように、学校におけるいじめも6万件を超えるわけであって、ではどうすればいいのでしょうか。Dさんいわく、自己と他人とのちがうこと、ちがうところを認めあうことからはじまると述べられました。Aさんは、これに同意しつつ、学校のクラス編成にあっては、様々な個性を持った児童生徒が集まるわけであり、初対面のときのやりとりが大切であろうと発言されます。望ましい人間関係が成立するかどうかは、こうした最初の第1歩がうまくいくかどうかにかかっているとのご意見であり、具体的には、適切な言葉でコミュニケーションをとっているかどうかがポイントとなると主張されます。
 CさんはAさんのいわれた議論を継承し、児童生徒には、「ありがとう」と素直にいえるように指導したいと述べられます。また、譲りあいの言葉でもある「どうぞ」の言葉がけも重要であると指摘されました。これを日常の学校生活で自然につかえるように実際に指導されています。Fさんは、言葉のやりとりの点に関して、あいさつをすることを挙げられました。もちろん望ましい人間関係はあいさつからはじまりますね。あいさつがクラスでうまくかわされていれば、心晴れやかになります。Bさんは、Cさんの述べられた「ありがとう」がいえるクラス作りに感心し、感謝の気持ちを持つことの大切さを強調されると同時に、それを実現する思いやりの感情を持つこととそれを伝えあうような指導をすると発言されました。
 Eさんは、情報科をめざす立場からのご意見でした。望ましい人間関係は、顔をあわせてコミュニケーションをとることによって養われるとされます。伝えるべき内容を、言葉で伝え切るには限界があるとも指摘されます。それが意思疎通をむつかしくするわけで、ひとつの例としてEさんは、「写真の説明」ということを挙げられました。みれば簡単であるが、写真を説明するのに言葉でどう伝えるか。質感をどうやって言葉で伝えるか。そこには限界があるといわれるわけです。このことは、ひいては、メールでの文章のやり取りにおいても解釈の違いが生じ、それが人間関係に亀裂を生じさせてしまう事態に発展してしまうといったご意見の登場を予想させますね。Dさんは、小学校1年生同士のケンカを例に説明されます。ここでもその本質は「解釈の違い」ということになるのでしょうが、結局は表現ができていないことがケンカにつながることを指摘されました。すなわち、手が出てしまうのは、お互いのことがわかるように口で説明できていないわけで、それをする前に、つまりコミュニケーションをうまくとる前にケンカになってしまうのであると。Aさんは、ケンカについて、「自分の感情がおかしくなると起こること」とおっしゃいます。相手の意識の確認や他者への配慮がないところにケンカが発声するのであって、どういうつもりであるのかを言葉を使って説明すればケンカにならないことも多いと述べられます。こうしたケンカを題材に、道徳の時間で考えさせると実際的なご意見を提示されたのがCさんでした。
 Cさんは、道徳の時間を活用し、いわばケンカから学ぶ指導をして、クラス全体で問題を共有そして解決しようとの指導をめざそうというわけです。実際に、なにがよくてなにが悪いのかを時間をかけて整理する作業を通して、望ましい人間関係の成立に向おうとされるようです。Bさんは道徳指導でお互いわかりあえるようにコミュニケーション能力を育成したいと発言されます。Bさんは、言葉のキャッチボールが意思疎通の基本であるが、実際にキャッチボールをしていても、暴投があるわけで、暴投した場合にはカバーしなければならないととてもうまい比喩で説明されました。意思が通じていないと暴投になってしまうのですね。
 Eさんは、この暴投の一種になるのでしょうけれども、外見的なことも大切であると主張されます。望ましい人間関係を育成するには、自己表現しなければなりません。自分を相手にみせなければ、相手もわかってくれません。その際に、外見的なことはファーストインプレッションとも関わってたしかに重要でしょう。Eさんは、1ヶ月ほど笑った顔をみない生徒の存在に気付き、その生徒に「楽しければそれを顔に出していこうよ」といわれたそうです。楽しい表情、豊かな表情をその生徒にとり戻すために、楽しい授業作りに、Eさんは邁進したそうです。
(以下、次回更新)

(6/11)

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