教育エッセイ・19

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何人が適当か

 能力、学力の個人差を踏まえながらも、これをどう解消し、どのように教室運営をすべきか。この課題は、藩校や寺子屋の教育から脱却しようとし、西洋流の教育システムを導入した近代公教育が軌道に乗って以来、教育行政サイドはいうまでもなく、教員も常に悩み、関心をもってきた課題です。明治時代初頭、西洋の学校を模倣し、教員と生徒が向き合って教育活動する教室空間を作るようになりました。それは長野の開智学校をみれば首肯されるでしょう。多人数に向けての一斉教授の方針を、まったく疑ってかかることなく民間人も希望し、また「上から」もそれこそ一斉に整えようとしました。対面授業方式が定着する一方で、その空間のあり方と指導が、画一的な教育を作り出していると歴史的にはしだいに批判されていきました。それゆえエポックとしての大正自由教育にうかがえるように、鯛焼きの鋳型で人間形成するのではなく、「個性尊重」の指導方法が模索されたのです。

 こうした大雑把な戦前の歴史的経緯を繰り返すように、戦後も、よりよい教育形態を求めて教育改革が実施されてきたといえます。戦後直後の経験主義的教育の時代を別として、一学年200万人を超える団塊の世代の教育のためには、一斉授業はそこに欠点はあるものの、最良の教育方法に近い、あるいはそれに替わるやり方が見当たらないと理解、諦観されていたのでしょうか。ひょっとすれば、経済成長を支える労働力の創出をブロイラー的に学校が引き受けてきたのかもしれません。「金の卵」と上京中学生がもてはやされたのは、そうした歴史的状況を表現しているのかもしれません。

 量より質と消費者の要求に耳を貸せば、養鶏家は、抗生物質を投与したブロイラーではなく、「自然環境そのままに手厚く育てる」ということをモットーにしようとするでしょう。では、現代日本が完熟社会になったという「歴史的進歩」を前提すれば、教育は何をモットーとし、自己変革していこうとするのでしょうか。もちろん、よりよい教室環境を子どもたちに提供しようと意欲する教育改革の本質的始動要因は、現代における教育思想の発展にあります。さらには、完熟社会の指図する戦略が教育改革の理念に溶け込んでおり、それを教育が下請けしている側面も始動要因の一つとして見過ごせません。

 ただ、団塊世代と違い、一学年の児童生徒数が減少してきた昨今(ちなみに2003年に生まれた子どもの数は115万人)、人的適正規模をめぐり、成績的、学力的に一層等質な集団形成を視野にいれ、コンパクトな少人数教育、能力別学級編成が提唱されるようになってきているのですね。規模的に教育制度を変える実験可能な、そして実現可能な状況に現代日本が位置しているから、あるいは教育改革が声高に主張されるのでしょう。この改良の流れは、ひらたくいうと「教育対象である生徒の学力差を把握しつつ、指導の視点をどこに置くかという問題」としてワタクシたちには意識されており、これは「教員定数」の問題、ひいては「担任」の問題にもつながります。生徒数の割り振りは総教員数、担任の数を規定するからです。

 学校段階にしたがい、現在、小学校では学級担任制が、中高では教科担任制がとられています。だが従来のこうした担任制では対応できない問題が現場に出てきました。つまり学級崩壊など学校現場の危機的状況に対処するため、また、学力の確実な定着を目指すため、学級の担任の仕方も変化しているのですね。こうした問題解決をひとことでいいあてた標語に「個性尊重」があるのです。そうして90年代後半から、複数の教員がチームを組んで各々の専門性を活かしながら協力しあうティームティーチングが脚光を浴びるようになりました。いわゆる学習指導要領でいう「教師の協力的な指導」という指導論です。

 その意義は、容易に想像できますが、複数人の学級担当によって、指導が強化、弾力化されるということでしょう。一方の教師が見落としていた点を他方の教師が補える、これは何も教科指導の側面だけでなく、生徒理解の側面にもいえることでしょう。教師自身が、同僚の指導を真直にし刺激を受け、自分を見つめなおすきっかけをも作ってくれますね。ひところ、学級に君臨する王様のように担任が振舞っていた学級王国的状況があったなんてウソのようです。現在では学級王国よりも学級崩壊のほうが進んでいますが、70年代、80年代後半頃までは先生が主役の、教育計画を先導する学級運営がありました。

 学級編成において、学級の構成人数について言及しておきます。それは学級の適正規模の議論となりますね。学級の人員数は多すぎても少なすぎてもいけないのはいうまでもないでしょう。多すぎると、一人ひとりの学習活動に目が届かず、その結果、学力面で問題が発生するし、少なすぎると集団を介した教育の特性が失われます。音楽の合唱をするには、それなりの人数がいるわけです。学級が生徒の学校生活の基盤になり、学校内での多様な行動の基礎単位になっています。しかし、一般の共通理解として、大規模な学級が教育環境を考えたとき弊害が多いのは事実です。それゆえに人数を減らす方向で、教育行政は適正化を進めようとしてきました。誤解をおそれずいえば、半世紀前、学校と養鶏場のちがいはほとんどなかったのではないでしょうか。

 適正化にかかわる法規に、「公立義務教育諸学校の学級編制および教職員定数の標準に関する法律」があります。この法律が昭和60(1985)年改正され、いわゆる40人学級が実現しました。欧米諸国との比較からすれば、これでも多いくらいなのですが、一歩前進といったところでしょう。つい最近では、秋田県の試みのように20人学級というところも出てきています。秋田が20人というようにこの定数の決定は各都道府県教育委員会が行ないます。教育特区ではさらに学級の人数の削減を実験しようとしています。高等学校は全日制課程で45人が標準数です。この一クラスの人数の適正化は、学校規模そのものの見直しということにもつながりますし、教員の数ともかかわってきます。少人数教育のほうが生徒理解が進むのは間違いないのですから、クラスを増やして教員数を増加させきめ細かな指導を実施することが、いじめなどの学校の悪しき現状を改善していく方策となるのでしょう。その点、教員の大量採用は喜ばしいことですね。団塊世代教員の大量リタイアそしてそれを補う大量採用を見越した文科省予算要求(2004年度)を飲まない財務省に、文句のひとつでもいいましょう。復活折衝も、はかばかしくありませんしね。文部科学省は、自分の棲家を建てかえている場合ではないでしょう。

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