聾 浩の教室 聾
−掠-mode版−

驪戀2周年

 本日2003年10月10日、当サイトは、無事、2周年を迎えることができました。これもみなさまのご支援、ご支持の賜物です。ありがとうございます。

 サイトを運営することは、いまでは欠かすことのできない生活の一部となっています。駆け出しの時点においては、なんとか「勢い」で更新作業を進めることができました。出発時点は誰しも意欲に燃えているものです。自分自身の仕事と密接な関連を持っているがゆえに、サイト運営に苦を感ずることもなく、嬉々として電話線でつながっているみなさまの前に、及ばずながら教採情報を提供することができました。

 それが2年目を迎え、しかも毎日更新ですから、やがて「更新を余儀なくされている」との心境に悩んだのも、また嘘偽りないところです。「勢い」は「息切れ」を不可避に含有している精神作用です。ワタクシのような中年におきましては、みなさまからのご支援という「養命酒」を飲用することによって「息切れ」を抑えています。

 それにしても「日々旁午」の更新が、あらゆる意味で圧迫感をもたらし、何度投げ出そうかと思ったことでしょうか。「本日はお休みです」と、このコーナー冒頭に書くにつけ、感じなくてもいいはずの罪悪感を背負っていました。旁午更新による圧迫は、「教職関係」のラインナップに直接響きました。それは、静態化したまま動かない「コラムとしての過去問研究」に端的にあらわれています。「過去問研究は中途でほったらかしじゃないの!」のお叱りを受けそうです。さりながら、市井の人間が社会をどのように見ているのかを示し、賛同でも反発でもなく、サイト閲覧のみなさまに、「ふ〜ん、こんな感じ方もあるんだ〜」とみずからが所属する社会に目を据えていただく契機になればよいというところに、「日々旁午」の出発理由があります。

 と同時に、新鮮な教育情報をみなさまの目に触れさせたい、また、社会の片隅で起こっている出来事を知らせたいという不遜な理由もあります。このようなワタクシの問題意識を諒として受け容れていただくことを念願しています。

 一方、「論作文道場」の投稿は飛躍的に伸びました。投稿論作文の添削に四苦八苦しながら、しかし、それだけこのサイトに反応があるという喜びを噛み締めています。この「道場」ゆえに、数ある教採関連サイトの中でもその存在が知られることにもなりました。最近は、道場投稿論作文の添削が遅れがちになり、投稿者にご迷惑をかけたと反省しています。

 ところでサイトにも寿命があります。このサイトの生命力は活なのか衰なのか。初々しさはなくなっています。けれども老成したとはいえません。もう、軒を広げることなく、現在設けている各コーナーを充実させていくことこそが、今後も当サイトに対する支持を失わない作業でしょう。趣味の単車関連アップに入れ込まず、「教育エッセイ」なども第2期をアップすべきですね。中年的サイトとは、まだまだいいたくありません。カサカサになるサイト運営にケラチナミンハンドクリームを擦り込んで、瑞々しい運営をしようと心がけています。その成分は「痛快」、「誠実」、「前進」にほかなりません。サイトの色合い変更が良質添加物といったところでしょうか。

 当サイトは、数回開催したチャット「放課後の教室」、はじめて実施したoff会「職員会議」(実際に顔をつき合わせて大阪市内で開催した勉強会)と、交流にも力を入れてきました。よく考えてみれば、こうした場面で交流されたみなさまが先生として人生を歩まれていく、ということは、このサイトを介し、「一生ものの友愛」が築かれるということになります。サイト運営者として、こんな幸せはありません。また、「うしろのこくばん」にみられるように、当サイトから、あるいは刺激を受け、みずからサイトを開設しようと計画、さらには実現している「同志」の方もいらっしゃいます。リンクしていただく栄誉を感じています。

 ネットの特性を活かし、全国の受験生の地域的な輪が一層広まるよう開放感あふれるサロン形成にも努める所存です。しかし、これもみなさまのご参加あってはじめて可能です。

 イチローは、3年目はヒットが出ないことに「吐き気」を感じたといってます。天才でも苦しむのなら、凡人の3年目サイト運営はいうまでもない厳しさでしょう。その厳しさを愉快に転換するための心構えはこうです。かぐや姫の「龍の珠とってきて」との注文に、舌を後ろで出しながら、がんばることにいたします。龍に麻酔銃を撃ったスキに鱗を引っ張る心積です。更新に関して浦島太郎にならないようにと自戒しつつ、サイト開設2周年のご挨拶とさせていただきます。

 教採受験生の方、当サイトの卒業生の方、3年目に突入する「浩の教室」をよろしくお願いいたします
i-topもくじ