聾 浩の教室 聾
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驪麗三国抵抗

 2003年度採用に絡んで、和歌山県教委の正当な言い分にもかかわらず、大阪府教委は現職教員の引き抜き採用試験を実施する方針を改めないようである。

 自治体独自の方針を貫くのは結構な「主体性」だが、隣接都道府県の台所を考えない独善的な態度と批判されても仕方がないであろう。

 アッパレ、和歌山県教委のガンつけは、横綱朝青龍に勝る。前回(「論作文中止の意向を問う」)、ワタクシがこの「旁午」で批判するにとどまらず、正式に他教委から批判されるのも然りである。京都や奈良は「死んだフリ」をしているが、固唾を呑んで見守っているタヌキと同断である(2003年5月29日、和歌山京都三重三国教育委員会同盟が再抗議)。

(しかしワタクシは、和歌山の肩を持つわけではない。なぜなら、和歌山の教採は極めて閉鎖的だからである。優秀な教員の卵より、「家老の子は家老」的にコネが相当強いことは和歌山受験生の間で周知の事実となっている。2003年12月26日追記)

 ところで、新聞で拝読した大阪府教委の和歌山県教委に対するコメントは、「東京でも、福島でもやっていることだ、あんたにとやかくいわれる筋合いはない」という論調である。独自の方針ではない、猿真似です、といっているようなものである。

 国際社会におけるアメリカ的わがままがやり玉にあがっているが、日本における大都市自治体のわがままであって、「なんでもやってまえ」的無責任自己主張である。アメリカと大阪が両者赤字である点でも似ている。

 サルでも「反省」する世の中である。出過ぎたと思えば、来年その方針を撤回してもいい。そのうち和歌山県独自にして初の試み、「学校現場完全禁煙」も真似するハラであろう。

 和歌山県教委が行動に移すかどうかはわからないが、引き抜き試験と同日に、完全強制的研修をぶつけるかもしれない。防衛策はそれしかない。だがそうした事態は傍でみてても気分のよいものではない。

 また、現職を放棄して受験するような通達を出すかもしれない。「大阪受けるんやったら、辞職してから受けよ」である。困るのは踊らされる教員であり、児童生徒である。

 他自治体の現職教員が、いままでも大阪府を再受験している周知の実態がある。それを府教委が知らないはずがない。おおっぴらに別枠募集をするのは大人気ないのではないか。

 思うに、こうした教育委員会のせめぎあいは、法規によって決着をつけるほかない。学校教育法施行令を改正あるいは追加し、善後策を提案せざるをえない。これはこれでまた、次の問題を生み出す。すなわち、「合格者は、10年は他自治体に移動しないように」というような「シバリ」の発生である。「シバリ」を盛り込まれるようなギスギスした世界と、「自由」や「平等」を愛する教員世界、教育界とが、コインの裏表であっては寂しい。ぐちゃぐちゃなお好み焼きを食べたい人はいるであろうか。

 ことは、中教審の諮問に登るであろう。ノックが芸能界に今秋復帰するというような記事を、JRでとなりに座ったおっさんの持つ夕刊で知った。府にも再登板する気なのかもしれないが、それを許しそうな雰囲気が府教委にありそうである。
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