聾 浩の教室 聾
−掠-mode版−

麗憐

 時代の然らしめる要請であろうか、企業主導型学校ないしは株式会社による学校が経営されはじめようとしている。従来存在した企業内学校と異なる、この21世紀の教育形態を占う試みは成功するだろうか。

 昨年、トヨタや中部電力、JR東海の異業種連合による学校設立の報は、世間の耳目を驚かせた。経済的実力を備え名声高き複合企業が立ち上げんとした中等教育学校に対し、校舎の定礎前から期待を寄せている名古屋のご家族も多いに違いない。

 だがその設立計画は土地利用問題を解決できないまま、現状、頓挫している。行政が企業側に条件を出していたのであるが、それをクリアしていないのである。

 その条件とは、行政指定された設立予定区画は、デパートのような金を産む商業施設設立に限るという楔であった。行政は景気回復の起爆装置として土地を有効活用してほしいと注文を付けているわけである。活用条件付きの土地をトヨタが購入したのは早計であったのかもしれない。

 それにしても3社企業経営は、自治体を抜いた第3セクターに類似する経営とならざるを得ない。とすれば、バブル期にセクター系の業者が住宅建築に勤しみ欠陥住宅をあるいは乱立させた上、その責任の所在を巡ってすったもんだしたことを、企業連合は他山の石とするべきであろう。

 学校が倒産して困るのは、企業者ではなく、そこに通い、将来を託した生徒とその親にほかならないからである。現実に、通っている学校が明日なくなることを想像してみてほしい。伝統校といわれる学校の消滅ほど、その卒業生から恨まれる事態はない。それほどの愛着が母校には芽生えるのであり、それだけに学校新設には慎重さが望まれるわけである。

 こうした責任の重大さから、学校の設置者を簡単に認可してはならない事情が理解される。戦後一貫して国・地方公共団体・学校法人にだけ、その設置権を許可しているところに、教育事業の公共的性質を死守する政府の良心があった。

 こうした許可制は、一般企業による無責任な学校経営を戒めている規制であって、そう簡単に緩和できうる壁ではない。

 ところで利益追求をメインとする私企業であるから、儲けが出ないことには学校を運営しても意味がない。経団連の会長に選出される日本企業のトップは、たんに金ではない「利益」、つまり高度な職業能力をもった企業人を囲い込もうとする思惑をもっていよう。卒業後、自らの企業に役立つ人材形成のために学校を設立しようとするのであれば、中高一貫教育校を作るのではなく、大学を開いた方がよかったかもしれない。

 青田買いを超え、未開墾地に鍬を入れる覚悟で中等教育学校を開校するのであるから、私企業たることを棚上げて、公的教育理念を用意して挑まなければ、世間を納得させることはできないであろう。

 その点、全国初の「株式会社立」の中学校を開学する岡山の朝日学園は、利益追求姿勢を水で割って薄めるがごとく、非営利の方針を打ち出した。利益が出ても、寄附するそうである。しかしおそらく顧客としての生徒は納得しないはず。利益が出れば図書を買ってくれ、サッカーゴールを買ってくれと主張するにちがいないからである。

 こうした当然の要求を朝日はどうかわすのか。朝日学園やトヨタの思惑が実現するか。朝日にせよ、トヨタにせよ、人材囲い込みの「制度」構想を目論む企業群の教育思想は、公教育の進路指導に警告を与える主体になるといえよう


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