聾 浩の教室 聾
−掠-mode版−

黎轢早稲田の苦悩

 いい報せと悪い報せとがあった場合、どちらを先に聞きたいか。イチゴのショートケーキのトップに飾られたイチゴを最初に食べるか、残しておくか、といったところか。ここでは同時にバクッといこう。

 例の早稲田の件である。寄附金「強制」では、しまったとベソを掻く破目になった。合格者の立場からいえば、面談における寄附金話は、踏絵だったであろう。早稲田の初等教育機関である、だれしも実業に我が子をいれたいにちがいない。

 そうした保護者心理に、いわばつけ込んで、寄附をせびるのはいかがなものか。強制ではないという言い訳は、世間的には通用しない理屈であろう。

 都は1億円を上回る補助金を早稲田から引き上げる措置をとりそうであるが、その判断に早稲田はどう対応するのであろうか。喧嘩するか、泣いてすがるか。ノドから手が出るほどほしい学校補助金である。すがるんじゃないかと推測する。

 一体、寄附金をせびる学校方針をだれが決めたのであろう。入試要項の寄附金に関する記述と、面接の寄附金話とは、その口数にかなりの隔たりが確認されたそうである。親分の早稲田大学総長はご存じだったのであろうか。

 さてその早稲田は、優秀成績者の学費を無償にし、国立に逃げる学生や、下宿生活の費用を賄えず進学を諦める地方出身学生獲得の宝刀とした。こうしたやり方は、他の私立大学に刺激を与えるし、評価に値する。

 早稲田で学び、青春を謳歌したい学生は多いはず。その心理をくすぐるし、早稲田にとっても利益がある。個人に責任が負わされるべきではあるが、「ワダサン」で名誉失墜した看板のリフレッシュ学策と解釈していいかもしれない。

 古くは東京専門学校として「学の独立」を綱領にし、政界、実業界へ人材を供給してきた大隈重信侯設立の教育機関である。明治14年政変で井上に政界領袖の地位から突き落とされた大隈が、イギリス政治思想や憲法思想をバックボーンに、若者育成に賭け、一大勢力となって薩長藩閥政府に殴り込みする情熱を忘れるわけにはいかない。

 立憲改進党を支える党員の政治思想は、ここ早稲田で担われていた。帝国議会の喧騒の一翼を形成し、街頭政治運動の一線に立っていた在野精神は、政府の恣意的政策選択に待ったをかけていたといえよう。

 近代日本のその在野精神を、現代にまで継続させ、体制に批判的な刺激を与える若者を育んでもらいたいものである。

 そうした栄光を、寄附金問題が汚すようなことになれば、きっとあの銅像の右眼に、涙の落書きをする学生が出てくるだろう。そして、授業料無償で来春入学してくる学生は、銅像の左眼に好々爺たるにふさわしい目じりの皺を、これまた落書きするであろう。

 右と左と、筋肉の動きの違う人間像は捨て去って、だれにでも同じ顔つきと思想的基盤をもって相対してほしいものである。


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