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力黎浮き城のまち

 行田市による季節はずれの教員採用試験が2004年2月1日に実施された。30人学級を目指して、それに見合う教員数を充実させようとする「浮き城のまち人づくり教育特区」の教育政策は、教採受験生にとっては、受験機会を増やし、その意味で勇気付けてくれる構想といえよう。

 普通、市立中学校勤務であろうと、その教員給与は県費負担教職員の取り決めからすれば、県が出す。しかも、その県が出すべき給与の半分は、国が補助することになっている。もしそうはからわず、設置者負担主義を遵守するとすれば、自治体財政は、教員給与で食いつぶされてしまうからである。そうした給与体系の枠から自由になって、行田市は市費で教員給与を賄おうとするのである。

 政府の規制緩和が進行し、地方への財源委譲が実現され、3割自治と揶揄される地方財政の問題点を解消すれば、こうした行田市の試みは、都道府県のキツく縛られたサイフのヒモを緩め、市費が潤うきっかけにもなり、市が独自の教育行財政を遂行できるかもしれない。

 しかもその教育行政態度は全国化する希望を潜在させている。行田市は、おそらくは教育荒廃を反省し、少人数指導に教育の再生を賭けている。ただ問題は、その採用選抜方法にあった。

 ある全国紙の報道によれば、採用試験科目のひとつ、模擬授業に、ナマの子どもの声を反映させた採点方法を採用する予定であった。教採受験生の運命が、子どもに委ねられるのである。子どもたちに採点させる配分点は、模擬授業配点分の4分の1であったらしい。これは多いか、少ないか。

 子どもに採用試験の採点をさせるだけでも前例ない大胆さだが、しかも25lもかいな、というのがワタクシの感想である。だが結局現場の校長の反発で、子どもたちは採点権を奪われ、「試験協力員」になった。一度委員会がいいだした決定がこうも簡単に変わるのである。おそらく採点の内情についてまであらかじめ子どもたちには知らされていないであろう。教育委員会の勇み足があったのは間違いないところである。

 しかし、子どもに採点させてみるのもあるいはよかったのかもしれない。なぜなら、子どもは純真だし、人を見抜く目やズバリと叩き切る言葉をもっているからである。25lも子どもが受験生の生殺与奪を握っている事態は、適度な緊張感を受験生に与えるし、子どもの機嫌をとろうとしたり、試験であっても実際に子どもを叱りつけたり、様々な応対を見せることになるからである。

 たとえ叱りつけたことによってその受験生が子どもから得る得点がなかったとしても、そのあたりを調整するのが委員会の仕事であろう。受験生の本当の姿が子どもに映るかどうかに、こうした新しい採用方法の成否がかかっている。

 行田市は、女子生徒の相談に乗るうちに特別な感情を抱くようになりみだらな行為をした、行田市立中学の男性臨時教諭を懲戒免職処分にしたが、臨時とはいえ委員会が見抜けなかったそうした教員としてのあるまじき資質を、子どもたちが見抜けるかどうかも試してみてもいいだろう。


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