聾 浩の教室 聾
−掠-mode版−

力轢かわいい行進

 遠く海外に目を向けてみれば、こういう問題もあるのだなあと、日本ではそうそう起きないデモに驚かされる。

 ヨーロッパは奥深いラトビアの首都リガで教育が揺れている。義務教育を母国語で統一するか、ロシア語で教授する選択の余地を大幅に残すか、議会は母国語ラトビア語で教育する決断を下したものの、この政策に反発するロシア民族系ラトビア住民の子どもたちが自らの権利を守るために立ち上がったのである。

 その規模は大きく、1万人以上からなる集団授業放棄を敢行し、10歳前後の子どもたちが手に手に統一反対表明のプラカードを掲げ、政府、議会に詰めよった。一見、かわいい行進が厳しい顔つきをして民族的要求を突き付ける。

 当然、保護者も一致団結している。母国語を尊重する彼らの民族的態度には、他に譲れぬ気概が認められ、その背景には、文化と伝統を織り成してきた母国語に対する誇りと敬愛の歴史がある。それを政治的、人為的に剥奪されてはたまるものかという自己主張は正当性を失わない。

 不羈独立の息吹が教育を梃子に澎湃とし、あるいは民族自決の運動に発展するかもしれない。かわいい行進は、ネーション形成の要因に、言葉を同じくする人びとの団結があるということを教えてくれたといえる。そこには、ほのかにナショナリズムの香りが起ち込めている。

 民主主義のルールは、自由なようで自由ではない。公正なようで公正ではない。法の支配を貫徹せず、51対49でも勝ちは勝ち、負けは負けであるならば、有権者実数が少ないかぎり彼らの主張は政治的に通るはずもなく、その誇りも踏みにじられる。残された道が物理的蜂起のほか手段がないならば、事態は深刻である。

 ラトビア含めバルト3国は、スカンジナビア半島を正面に迎え、おそらくはパイレーツと激戦を繰り返しながら、バルト海からの豊富な海産物の恵みを受け取ってきたであろう。また、北方戦争を戦った勇者ぞろいであっても小国ゆえ大国の軍事力に屈服し、USSRにいやいや服従していたのであろう。

 こうしたたくましい海の人としての国民性は、USSRからの離脱を求めた東欧の民主的運動でも先陣を切ったお国柄が示すとおりである。

 とすれば、ペレストロイカ以来、USSRから独立したラトビアには、言語問題というさらに分裂する火種が燻りつづけていたということか。ここにきてまた国民を統合してきた接着剤が溶けだし、新しいセメントを必要とするのか。そうだとすれば、ひとつの疑問が浮かび上がる。

 ラトビア在住少数ロシア民族、といってもラトビア国民の3割を占めるのであるが、10数年に渡ってそこを離れなかった。なぜ、離脱以前にロシアへ入国しなかったのか。住み慣れた地を去ることができなかったという理由以外に何があったのであろうか。

 ワタクシは、ラトビアには生涯行くことがないであろう。だが、その地に住む住民や文化には思いを馳せることができる。かわいい行進が実を結ぶことを期待している。


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