聾 浩の教室 聾
−掠-mode版−

曆麗首都大学東京

 羹に懲りて膾を吹く、こういう読み方すら難しいことわざの意味を、中学生にもはっきりわかるように実例を示したのが、この度の首都新大学のすったもんだである。

 怪文書といってもいい「意志確認書」が出回って、文科省もアタフタ、事態の火消しに都と国の境界線上、塀の上で纏を回している。実際、マッチポンプと疑われても仕方がないが、真実は想像するほかない。その意志確認書とは、どういう内容のものなのか。

 都が4つの大学を統合して新大学の設立を構想し、来春開学に動いていることは周知の事実であろう。その旧4大学に勤務しているセンセイ方に、「今度新しい大学に統合しますけど、ちゃんと移って来ますか」と念を押したいわば踏み絵である。

 もちろんこれには羹がある。少し前、新法科大学院の設置において、そこに就任予定のセンセイ方が都の方針に反旗を翻し、集団抗議辞職をした。これによって都の新法科大学院は講義担当者が確定せず、開校を延期せざるを得なくなった。入試もすんでのところで実施できなくなった。延期だけならまだいい。はたして抗議辞職した穴を埋めるセンセイが集まるのであろうか。

 高潔で武士的気概をもった立派なセンセイ方が、一斉に辞めるといい放った大学院である。武士の辞める根拠を作った大学院運営方針を都が変更しないとすれば、そこに後釜として就任することは都の軍門に降ることを意味し、それだけでなく、辞めていったセンセイ方の思想と180度異なる考えの持ち主であることを表明するわけであって、普通の神経なら耐えられないであろう。

 この羹に懲りてふぅふぅ息を吹きかけ、またヤケドしないかなと確認書送付と相なったわけである。

 都は法科大学院設立にまつわる武士の一揆という失態を反省し、そこから学習することもなく、こうした踏み絵を踏めというのであるから、新大学の都方針も推して知るべしといえるであろう。

 センセイ方だって人間である。霞を食っては生きていけない。この確認書の回収を心の中で手を合わせて願いつつ、回答期限の16日を迎えることになるのであろう。いやはやまったく無関係のワタクシですら心配である。首都旧4大学のセンセイ方が集団辞職するような事態は想像の外であるし、もしそうなったら首都圏は今以上に私学の天下になるであろう。

 まず、父権の復権と心地よい言葉が風靡する中で乱立した都知事選を制し、次に、某家政大の平和主義者に大差をつけて連勝し、強いリーダーシップが要求される都政に「君臨」して2期目、都知事はこれはちょっとなあと思わせる政策、たとえば外形標準課税など、都民に豪腕行政を見せつけてきた。

 そうした豪腕はマスコミにも容赦はしない。捏造かどうかの判断は司直に委ねるが、テロップの件は間違いだったと平にヒラに謝っているTBSに対し、あかん、キャンキャンいわしてやるといってはばからない都知事だけあって、こういう「意志確認書」の提出を義務付けたのであろう。


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