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曆年改正3点

 文部科学省のサイトをよくチェックしている教採受験生にとっては周知の事柄に属するし、各学校においても、ようやく文科省から通知が配達されている頃であるから、今次の文科省による迅速な改訂についてご存じの現役の先生方が多いであろう。

 昨年12月26日付けで、学習指導要領が一部改正された。

 これは第151国会における教育改革議論の帰結である。いわゆる教育改革3法案とか、6法案(公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律・独立行政法人国立オリンピック記念青少年総合センター法の一部を改正する法律・国立学校設置法の一部を改正する法律・地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律・学校教育法の一部を改正する法律・社会教育法の一部を改正する法律)とかいわれる改革案の実現が、法規改正だけでなく、指導要領の文言の改訂にまでなったということである。

 この迅速な文科省の姿勢は、旧態依然とした官僚体質から脱却している点で評価に値する。指導要領の軟性化は、教育改革国民会議、21世紀教育新生プラン以来の一連の改革の流動性に追従した結果といえる。これだけ猫の目のように変更されては受験生にとってたまったものじゃないけれども、崖っぷちにある日本の飲酒運転的教育政策を表現してあまりある。

 改正のポイントを3点にまとめていえば、以下のようになる。1つは、総合的な学習の時間のねらいが1項目増加したことである。2つは、従来、一線を画していた社会教育と学校教育が手を取り合って、社会教育施設の活用を、これまた総合学習に関連し、明記したことである。第3に、各教科における教育内容の範囲や程度が自由化され、指導要領の最低基準性が形骸化の憂き目にあっている、あるいは教育のあるべき姿に正常化してきたということである。

 校種によって解説するのが筋であるが、それは右欄の「簡単な学習指導要領解説」を、おいおい改訂するので参照されることを期待し、ここでは小学校の改訂事項を例に、若干思ったことを述べるにとどめる。

 第1の点。総合学習のねらいに、「各教科、道徳及び特別活動で身に付けた知識や技能等を相互に関連付け、学習や生活において生かし、それらが総合的に働くようにすること」と付け加えられた。第1章総則の規定に総合学習があること自体、文科省が各教科よりもその「教科的」重要性を強調していることを示しているが、ねらいの密度硬化によって、さらに総合学習の位置の明確化とその意義を確認しようとする印象がある。

 第2の点。青少年のための教育、つまり社会教育は、学校教育と切り離され機能してきた。だが、生涯学習の一貫に義務教育が包摂される現在の社会的気運にあって、社会教育と学校教育との距離を縮める必要性が出てきた。この両者の整合については、最初にいったように第151国会で議論され、すでに社会教育法の改正されていることを学校現場へ通知し実践させる意味をもつ。それは、同じく指導要領では総則の改正として表現されている。つまり、その6の(4)として、「学校図書館の活用、他の学校との連携、公民館、図書館、博物館等の社会教育施設や社会教育関係団体等の各種団体との連携、地域の教材や学習環境の積極的な活用などについて工夫すること」と規定が追加されることとなった。現在の社会教育がズタズタなのは、知る人ぞ知る事態なのであるが、ここに学校教育を介在させて、その奮起を促す目論見もあるいはあるのではなかろうか。子どもをあずかる郊外教育施設の運営ともなれば、社会教育主事の指導、助言も保護者に注目されるようになり、そうそうオイタはできなくなるからである。公民館の活用など、3者連携の実現が意図されているのはいうまでもなかろう。

 最後に第3の点。社会・算数・理科・家庭の各教科における「指導計画の作成と内容の取扱い」に付加項目がある。この3点目は、おそらくは発展学習に力をいれ、「学力低下」を是正する立場から追加された文部科学省方針の自己修正であろう。4教科に共通し、「内容の範囲や程度等を示す事項は、すべての児童に対して指導するものとする内容の範囲や程度等を示したものであり、学校において特に必要がある場合には、この事項にかかわらず指導することができること」と、我が子の成績不振の原因を学校の教育課程に見出す教育世論に白旗をあげる形で、基準性を打破した規定を設けざるをえなかったといえる。そしてこの規定はまた、「形式的平等の打破」という、学校教育における個性尊重、つまり「できる子」にはどこまでも難しい教育内容の教材を与える道を用意した措置でもあろう。

 こうでもいわないと、2、3日前この旁午で紹介したような、東大学長の指導要領範囲外出題発言と釣り合いがとれない。さらには、中等教育学校のエリート校化にたいする批判、いわゆる教育制度の複線化をよく思っていない勢力に行政が対抗できない。その意味では文科省のリップサービスといえるかもしれない。

 こうした改訂は、教採受験生にあっては、そもそも既知であるし、いわばマイナーチェンジであるので、追加項目を暗記すればそれでよかろう。難しくもなんともない。しかし現場の先生方にあっては、来年度を睨んで教育課程の編成を新規しなければならないからひと悶着ありそうである。

 ただ使用する教科書は、従来の教科書に、高学年では発展的な質問項目を数点追加したり、低学年では「さらにかんがえてみよう」と子どもに注意を促すページが増やされて編纂される程度であろうから、これまた大層に考える必要もなかろう。

 ただしいえることは、それだけ教えるべき範囲に歯止めがなくなったのであるから、どれだけ各先生方が教材研究を掘り下げるか、その度合いによって各学校の評判が分かれるということである


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