聾 浩の教室 聾
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歷驪障がい児教育

 障がい児教育は、今日、大きな変貌を遂げようとしている。それは、最近では、平成元年の指導要領が特殊教育諸学校を含め全校種に改訂を加えたときにはじまり、「特殊教育」から「特別支援教育」へと、大きく枠組が変わる変貌であり、その線に沿って、日本全国に993校ある特殊教育諸学校が、改革の波に洗われようとしている。

 改革の基本的立場は、障がいが先に認識されるのではなく、人間が先に認識されるPersons with disabilitiesの発想を貫く姿勢であって、障がいを法規がむごく表現している「欠陥」ではなく、個性として捉え、その個性をどのようにして伸張していくか、障がいに応じた教育的ニーズに密着した支援をしていこうというところに特徴がある。

 この立場から、いままで位置付けが不明確なままであったLD(Learning Disabilities・学習障害)やADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder・注意欠陥多動性障害)、高機能自閉症の子どもたちに対する指導の見直し要求もポツポツ出はじめており、彼らの自立と社会参加をも、指導の視野に入れている。

 とりわけ特殊教育の高等部に進学する生徒数が増えている昨今、障がい者の社会参加を経済的自立つまり就業と絡めて指導することが一層期待され、従来の鍼灸への道や歯科技工への道のほか、多様な就職先を開拓、確保しなければならない。知的障がい養護学校が、簡易作業を企業から下請けまたは委託され、またたとえばパンを焼くなどの就業体験をし、社会へ旅立つ準備運動をしているけれども、こうした注文受け付けが不景気の中、頭打ちになっている現状からすれば、企業の倫理的協力体制を信頼するだけでは苦しい。

 知的障害者の雇用を条件付ける福祉保障的社会体制に頼り切るのではなく、特殊教育諸学校は独自な就職支援を推進する態度が肝要である。歯科技工士への道を拓り開き、全国から入学応募が殺到した堺聾学校の歴史的業績はその意味で特筆されるべきであり、そうした先生方のなみなみならぬ生徒への熱い思いが、さらに増幅されることを願っている。

 その点では、学校教育卒業後の社会福祉施設との連携も考えられるべきであろう。実際に先んじて、交流や特別支援など特殊教育理念が高唱されるのは、それはそれで結構なことである。理念が現実を批判するからである。だがもっとも大切なことは、障がい児教育や障がい児に対する社会や教員の意識革命ではなかろうか。

 いくら高級な言葉が唱えられようとも、指導する教員の意識が低ければ、天理市のように、ある教員のレベルの低い発言が校長の自殺をも招くのである。こ奴は人間的にしょうがない奴だろう。こうした事件は教員界の恥部であるが、それだけ特殊教育への偏見が根深いことを示している。そしてこうした偏見は他のあらゆる心理的差別と根を一にしている。この議論は、明日の旁午につづく。

 たとえば、宮城の取り組みをワタクシたちはどう受けとめるべきなのか。果たして障がい児の教育を受ける権利や成人した障がい者の自立は宮城方式で問題がないのであろうか。


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