聾 浩の教室 聾
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年面接試験

 大阪府教委は小学校志望者だけでなく、中高志望者に対しても1次試験で面接を実施するようである(2002年度)。

 人物をみようと、2次でも選抜方法として面接を採用している。面接に力点をおく教育委員会の姿勢はよくわかる。昨今の教育現場に山積する諸問題解決は、ヤワな人間ではつとまらない。学級崩壊のいわば餌食になって、どれほどの熱意溢れる教員が胃に穴をあけ、フラフラになり、去っていったことか。ストレス解消に飲んだ酒がその穴からこぼれ出る。

 北風を受けて育った木は、年輪の間隔が狭い。密度が濃く柱の材料になる。このような、柱として学校を何10年も支えるほどの、逆境に堪え抜く強さを新採に求めていることであろう。教科指導の力も大切だが、児童生徒の保護者とも対等にわたりあっていける人間的な強さを求めているであろう。つまり、したたかさである。情熱のない若者などいない。だが、その初心を継続し、ホンモノの戦力となるかどうか。是非、そうしたことを面接で確認したい。教委はそう考えているに違いない。

 面接は教採受験生にとって真剣勝負の場である。受験生は人生を賭けて、この採用試験にいどむ。それこそ必死の思いで時間をひねり出し、原理や心理を学び、法規を憶え、論作文を書いている。いわんや集団討論、面接をや、である。一般教養もぬかりなく吸収につとめていることであろう。

 ワタクシがいいたいのは、そうして日々自分というものを作り上げてきた彼らと誠実に向き合い、評価を下してやってほしいという当たり前の要求につきる。教委よ、昨年の轍は踏まないでほしい。「面接はひとり8分です」といったならば、最後まで、いくら時間が延びようとやり遂げてほしい。それを、面接実施の最後のほうで時間がなくなり、8分といっていたのを5分に短縮したり、急きたてて終わったりし、最初の受験者と最後のほうの受験者を不平等に扱わないでほしい。それはそちらの計画の甘さにある。受験生に非はない。

 試験実施期間を複数日とるなど、時間に余裕を持たせた対応を望む。伊達や酔狂で試験を受けるのではないのである。不合格なら「またあした」ではない、1年後なのである。再びいう、彼、彼女たちの人生がかかっているのである。ワタクシは、教委が「彼らと誠実に向き合う」ことを期待してやまない。
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