コラムとしての
過去問研究

2001年11月30日

 昼休みに、校庭にいたA子が「先生!B男君が木から落ちたよ。」と叫びながら走って来て、職員室にいた担任に肩で息をしながら知らせた。驚いて急いで駆けつけてみると、子どもたちが心配して集まっており、その中にうずくまっているB男の姿があった。次の(1)、(2)の問いに答えなさい。

(1)このあと、担任としてどのように対処しなければをらないか、3つ述べなさい。
(2)このような学校内での事故を未然に防ぐために、担任として普段から配慮すべき点を2つ述べなさい。

:養護教諭受験者は、「職員室」を「保健室」に、「担任」を「養護教諭」と読み替えて解答しなさい。

 サルも木から落ちるものである。元気いっぱいのB君の、どこに手抜かりがあったのか――。合格するためには、この問題で、こんなことを考えても仕方がないのかもしれないね。でも、子どものこうした運動能力が低下してきているのは事実でしょうな。筋力、瞬発力、持久力、どれひとつとっても、昔の子どもには、かなわなそう。木に登るのにも技術はいるよ。どの枝を順序良く使えばいいのかとかね。こういう能力も薄れているかもしれない。いたずらっ子や元気な子は、よく木に登ったり、川でどろんこになったり、いわゆる「自然にかえれ」のルソー的世界の住人だったものだよね。たとえば切り株に足を引っかけて転ばないよう広場を整備することは、大事な教育環境的準備でしょ。子どもが怪我をしないようにだけ、あらかじめ見守ってやり、こちらからはなにも与えない。こうした消極的教育がルソーの主張だったよね。今回は、怪我をしてしまったけど、「先生なんか呼ぶんじゃねえ」というのが、B君の捨てゼリフだったはず。怪我は覚悟の上だったにちがいない。ワタクシなら、保健室に連れてってはやるけれど、表彰したい気分だな。「B!どうやって登ったんだ!!」。個人的には「ゲームボーイ」よりこんなやつが好きだ。

 でも、不思議だ。ひとつには、B君は校庭の木に登ったという設定なんだけど、登ってみたい気にさせる魅力的な木がよくあるものだなぁ、ということです。さすが「杜の都」仙台をもつ宮城県(2000年度)だね。宮城じゃないけど、奥州といえば、藤原秀衡も木に登ってよくおっこちたんだろうな。また、宮城に比べ都会というと叱られるけど、たとえば東京や大阪で、こんな気の利いた木など生えているんでしょうか。登るとあぶないから、電信柱なら、地上から2メートルくらいは補助のステップがない。脱着式になっている。これと同じように、植えてあったとしても、子どもの手の届く範囲の枝は削ぎ落とされているでしょう。だから本当は、この問題のような事故は起こらないだろうね。事実上、最初の枝に手が届かないんだから。ましてや校庭の木でしょう?そんなことあるわけない。そのあるわけないことが起こったんだ。B君は遊びの天才だね。どうやって登ったのだろう。こっちのほうに興味がある。それから知らせてくれたA子ちゃん、いい子だね。

 ところで学校の先生は、こんな場合、監督責任を問われるのでしょうかね。問題の答えとして書くべき処置を怠ったとすれば、まずいでしょう。そのためにも、休み時間は校庭で子どもといっしょにいるほうがいいね。テストのマル付けもしなければならないが、子どもたちと一緒にドッジボールもしなくちゃ。先生は、背中にも目をもってなければならないんだよな。子どもをめぐるすべてのことに注意せんといけないね。

 でも、不思議だ。ふたつには、「落ちる」という言葉に敏感な受験生に、よくこんな問題を出したということだ。受験生は必死の状態だから、そんなことには気がつかないでしょうね。真剣に解答を考えていて、怪我した子どものことをイメージしている。ほんと、すばらしいことです。宮城県はなかなか洒落のわかる自治体ですな。情報公開の件で、県警と真正面からやりあっている浅野知事、がんばれ。

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2001年11月28日

 次の文は、同和対策審議会答申(昭和40年8月)の一部である。( 1 )〜( 5 )に当てはまる語句を下の選択肢の中から一つずつ選び、その符号を書きなさい。

 
同和教育の中心的課題は法の下の平等の原則に基づき、社会の中に根づよく残っている不合理な( 1 )をなくし、( 2 )を貫くことである。この教育では、教育を受ける権利(憲法第26条)および教育の( 3 )(教育基本法第3条)に照らして、同和地区の教育を高める施策を強力に推進するとともに個人の尊厳を重んじ、( 4 )を尊重する教育活動が積極的に、全国的に展開されなければならない。特に直接関係のない地方においても( 5 )が積極的に行われなければならない。

 ア 啓発的活動  イ 中立性  ウ 偏見  エ 合理的精神  オ 部落差別  カ 機会均等  キ 啓蒙的教育  ク 人権尊重の精神

「ワタクシたちは、部落差別をこの世から完全になくさなければなりません」。これが、ワタクシの根本的立場です。新潟県(2000年度)もワタクシと同じ立場であると確信しています。

 同和問題とは、その歴史的起源の研究も含めて、被差別部落の政治的、経済的、教育的なあらゆる差別を解消することを理論的に考えることですね。いうまでもないことかもしれませんが、ここで使っている「被差別」の「被」は受動形をあらわしています。「〜される」という表現をこの一字で表現しているわけです。ですから、「被差別部落民」とは「差別されている部落の人びと」ということを意味しますね。被差別部落民に対する差別は、就職や、結婚のときに悲劇的な形で発現します。さらに、被差別部落に対する政治的、行政的な差別のあらわれとしては、被差別部落の居住区に消火栓が設置されていなかったことなどによって、戦後の歴史の中において確認できます。火事があっても消火の設備がないとどうなるか、想像するに付け、行政の差別意識には強いものがあったといわざるを得ませんな。しかも、消防車が進入していけないような道路整備状況にあったところもあるのです。このように、個人的にも、地域的にも部落の人びとは差別を受けてきました。しかし、歴史的にいって、被差別部落民がこの問題を身近に感じる第一の場面は、学校だったのですね。

 子どもたちは家庭にあって、やさしい父母のもとに成長していきます。差別など、まったく感ずることなく幼年期を終えることでしょう。ところが、そうした子どもが学校に通うようになったとき、この世に差別があることを知るのです。子どもの口に容赦はありません。「おまえは部落の子だから、むこうへいけ、近づくな」などと、ズバリというのが子どもという存在です。差別する側の子どもは、親からそうした情報を仕入れているのですね。こうして被差別部落の子どもたちは「部落の子」であることを、否応なく学校で知ることになるのです。そこでは、ひどい「いじめ」があったわけです。楽しい場所であるはずの学校が、いじめの場所であったという歴史的事実を隠すことはできません。

 同和教育は、同和問題の解決・解消のための教育です。すなわち、部落解放の理論を研究する学問(大学では、『部落解放論』、『部落解放教育の研究』として講義されます)を基盤に、義務教育段階、高等学校において実施されるべき教育です。同和教育を学校が力をいれて実施するのは、その解放が国民的課題だからです。では、国民的課題としての同和問題とは、どういう意味なんでしょうね。それは、たんに被差別部落のある地域でのみ、その解放をめざすのではなく、そうした地域が近くにあろうとなかろうと差別について学び、差別を消滅させていこうとするから「国民的」なのです。そこでは、国民ならば、誰でも、差別のことに敏感になり、これをなくしていかなければならないという毅然たる態度をもつことが出発点となります。したがって、老若男女関係なく、どこに住んでいようとも、同和問題の理論と歴史を学ぶことが必要です。そのために学校教育での啓蒙活動は欠かせません。教員が差別を解消する第一線としての教壇に立ち、学校教育活動全体を通じ息長く実践したいものです。

 ところで同和教育の問題は、神経質な問題だとワタクシは感じています。オープンに議論すべきはずなのに、その気持ちとは裏腹に閉ざされた議論の場を形成してしまう・・・。差別される側の気持ちを、差別されたことのない、または、差別する気持ちをもっていない部落外の人びとがどれだけ「実感」できるのか、はかりがたいところがあるからです。場合によっては、「差別される気持ちがわかってたまるか」ということにもなりかねません。だから、同和問題をシリアスに研究するには、「現場に行け」とよく助言されるのですね。とりわけ「神経質な問題」であると、ここでいうのは、サイバー空間たるネット上において一層そう感ぜられるからです。なぜなら、ネットが匿名性の高い世界だからです。そこでは、差別に関するあらゆることが表現されてしまいます。また、同和問題に関し、書いたことが正確に理解されないまま、ネット上をその言説が行き来することもあるでしょう。あるいは差別を助長するような言説が流されている現実もありますね。これをどのように解決していくか、新しい課題が出てきているといわなければならないでしょう。同和教育は情報教育と手をとりあって考える時期にきています。

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2001年11月24日

 次の@〜Eは、日本国憲法、教育基本法及び学校教育法の一部である。文中の空欄( 1 )〜( 10 )にあてはまる適切な語句を書け。

@この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の( 1 )の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に( 2 )のためにこれを利用する責任を負ふ。<日本国憲法>

Aすべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを( 3 )とする。<日本国憲法>

B教育は、( 4 )の完成をめざし、平和的な国家及び杜会の形成者として、( 5 )と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。<教育基本法>

Cすべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、( 6 )、社会的身分、経済的地位又は( 7 )によつて、教育上差別されない。<教育基本法>

D法律に定める学校の教員は、全体の( 8 )であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。<教育基本法>

Eこの法律で、学校とは、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、大学、( 9 )学校、盲学校、聾学校、養護学校及び( 10 )とする。<学校教育法>

 まことに、教員の身分は尊重していただきたいものです。では、身分の尊重というのは、なにを意味するのでしょうか。しかもなぜ「身分」などと表現するのでしょうか。辞書的(『大辞林』編者・松村明先生のご冥福をお祈りいたします)には、身分とは、@その人が属する社会における地位や資格であり、A境遇であり、B封建社会における制度的階級序列です。どうにも歴史を専攻しているワタクシにあっては、Bの意味にアクセントを置いて読んでしまうのですなあ。いけませんね。でも、ここに載っているように「立場」とか、「地位」、または「仕事」でもいい、どうしてもっとはっきりと表現しなかったのでしょうね。こういうことをここであえて力説するのは、やっぱり、「身分」的にきわめて不安定な状況に置かれた先生たちが大勢いるからにほかなりません。非常勤の先生方の存在です。

 まことに非常勤とは不思議な存在です。正規採用された先生方と非常勤の先生方と、児童生徒にとって、「先生」であることにかわりありません。しかし、享受できる福祉面ひとつ(たとえば健康保険のことなど)とっても違うし、いろいろな側面で違いがありますよね。こうした立場の是正のため、今年、多くの都道府県で、教員の大規模な採用が行なわれたと、あるところでは解釈されているようですが、それはうそっぽいんだよね。シリアスに「是正」をいうなら、暴論でしょうけど、特別非常勤制度を除いて、非常勤講師の制度そのものをなくすべきです。

 夏目漱石が、小説の中で描写していることからワタクシは次のような嘲笑的表現を知ったのですが、明治時代の終わりから大正時代の初め、教員は、「地方税」と蔑んで呼ばれ、社会のお荷物のようにみなされ、その職業的地位は低いものでした。教員の給料が地方税から支弁されていたことから、こう呼ばれたです。待遇の改善は、職業的自負に導かれ、教員の悲願であったといえます。経済的措置としても、国庫補助の形で、教員給与年功加棒が成立しています。このことと同様に、教育基本法の「待遇の適正」は、思想的な問題で教員個人の職業的=社会的立場を侵害されないことのほか、経済的地位の保障を意味することと思われます。非常勤講師に直結する関心からすると、後者の「経済的地位の保障」が「待遇の適正」の本質的意味といっていいでしょう。

 教採の勉強も同時にしている非常勤講師の立場にたってあえていえば、ささやかな願いです、だれにも負けない覚悟をもって「職責を遂行」しているんです、「人並みに大切に扱って頂戴」というほどの意味で、「待遇の適正」をしていただきたいものです。ちなみに、身分の「尊重」は身分の「尊敬」ではありません。「児童生徒よ、保護者よ、尊敬しろ」などということでは無論ありません。「尊敬」とは、向こうから勝手にするもので、こちらから頼むものではないからです。「尊重」と「尊敬」はぜんぜん違いますね。「尊重」は求めてもいいでしょう。2000年度、香川県に求めます。

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2001年11月14日

 次の文は、学校教育法の条文の抜粋であるが、(ア)〜(エ)の空欄に入る語句の組み合わせとして正しいものはどれか。下の@〜Dの中から一つ選びなさい。

(ア)は、性行不良であって、(イ)と認める児童があるときは、その(ウ)に対して、(エ)を命ずることができる。

@(ア)市町村の教育委員会 (イ)就学困難 (ウ)児童 (工)出席停止
A(ア)校長 (イ)就学困難 (ウ)児童 (工)出席停止
B(ア)市町村の教育委員会 (イ)他の児童の教育に妨げがある (ウ)保護者 (工)児童の出席停止
C(ア)校長 (イ)他の児童の教育に妨げがある (ウ)保護者 (工)児童の出席停止
D(ア)都道府県の教育委員会 (イ)就学困難 (ウ)保護者 (工)児童の出席停止

 いつぞや、中学生に対して出席停止の措置をとられた校長先生のお顔をテレビで拝見しました。その憔悴しきったお顔と、教育に対する自負を木っ端微塵に打ち砕かれた様子が、こうした2001年度・川崎市の問題をみるにつけ、思い返されるんです。児童に「もう学校へ来るな」といい放つことは、ゆゆしき問題だといわんといけない。それは、客観的にいえば、学校・教員の仕事の放棄です。と同時に、子どもにとっては「不可解な仕打ち」が行なわれたと感じる出来事でしょう。なにしろ、子どもの立場にたてば、「自分は今まで(家庭でもどこでも)これでやってきたんだ(こうした態度でやってきたんだ)、これが普通なんだ」と考えて振舞っているのでしょうから。いわゆる「教育困難校」の現場からは、「いやどうにもならないんだよ」と努力の末の決断たることを認めてくれという論調がほのかに伝わりますが、それを認めたうえで話を進めたいんですけど、「不可解な仕打ち」をされたと思っている子どもは、その後どうなるんでしょうね。

 出席停止という伝家の宝刀を抜くまでには、就業時間を大幅に延長しての職員会議、当該児童に対する個別的な生活指導、度重なる家庭訪問と、想像を絶する先生方の努力があったにちがいないでしょう。その努力には頭が下がります。でも、学校現場からはみだした「見捨てられた子ども」は、だれがケアするのかな。それは、もうその学校の教員であろうはずがないと思うのです。ふらふらになるほど一所懸命、やりにやってきたのだから・・・。とすると、ケアをすべきは誰なんでしょうか。出席停止を宣言できる市町村の教育委員会にほかならないと思うのです。教育委員会の人びとは、「問題児」にどのような「指導」をしているのかな。ここが是非とも知りたい。「来るな」と宣言するだけなのかな。それとも、「時間が解決する」という立場から、出席停止期間が過ぎたあと、現場の先生に再度お任せするのかな。出席停止になった児童は現在いないので、まだ「その後のケア」をどうするかの議論は浮上していないようですが、出席停止の児童の数が増えるにつれて、きっとその議論がかまびすしくなるでしょう。このときに、「子どもの教育や人間形成に対し、最終的な責任を負うのは家庭」(『第15期中教審答申「21世紀を展望したわが国の教育の在り方について」』1996年7月)との言葉を楯にして、煙に巻くのでしょうか。

 

 世間では、若者の道徳的に退廃した状況を指摘して、「親が悪い」とよくいいます。しかし、それは、「自分は親としての責任を果たしてきた。だから自分以外の責任を果たしていない親が悪い」という意味ですね。こうした意識は、他人の子は他人の子だからどうでもいい、悪いことをしていても注意をするのも面倒だ、自分の子で精一杯なんだという「自分の子育て」の裏返しの表現なんだと思います。こうした「精一杯の子育て」が残念ながら地域の教育力を低下させてきたのだと思います。世の中の悲劇を全部抱え込んでしまう「高倉健的表情」で毎日をすごすのもいやですが、「反省するのはサルだけではない」のも事実です。

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2001年11月10日

 次のA群とB群の組合せとして適切なものはどれか。@〜Dから選び番号で答えよ。

A
(1)新しい学年・学期・単元・授業などに入る前に、指導の参考となる各種情報を収集する目的で行う評価。
(2)学習者が、自分で自分の学習、行動、性格、態度等を評価し、それによって得た情報によって自分を確認し、自分の今後の学習や行動を改善、調整するために行う評価。
(3)集団内の他の成員の成績とは無関係に、教育目標に対して教師が要求する到達水準を評価基準として、個人の達成度を判定する評価。到達度評価(目標準拠測定)がこれに含まれる。

B
a 形成的評価  b 絶対評価  c 自己評価  d 診断的評価  e 個人内評価

@(1)a (2)c (3)e
A(1)a (2)e (3)b
B(1)d (2)c (3)e
C(1)c (2)e (3)d
D(1)d (2)c (3)b

 教員をしていて、一番悩むのは、評価じゃないかな。教材研究なんか、好きでこの道にいるんだし、お茶の子さいさいだし。しかし、成績をつけるのは違うね。誰しにもいいところがあるし、誰しにもいい成績をあげたいものだよね。かくいうワタクシも、評価されることよりも、評価するほうで苦しみました。これなら、テスト受けていたほうが楽だッて。自分自身が誰かを評価するほどよくデキる存在なのかと疑いもしました。相対評価をしなければならない先生は、それこそ身を切られるような作業をなさっていたことでしょう。毎年毎年生徒に順位をつけ、内申点をつけ、胃に穴があいたことだと思われます。予備校の教員の一番救われるところは、受験生と教員の思いが確実に一致していて、戦う「敵」が共通しているということです。ゴウカクシタイシゴウカクサセタイ!ここには、予備校プログラムの反省という評価はあっても、学生評価の作業はないのです。評価するのは教育委員会にほかなりません。

 いま、成績評価に関する文部科学省の見解は、相対評価から絶対評価へとシフトしています。ぜひ、2000年12月の教育課程審議会答申「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について」を読んでください。個人の尊重、個人の特性を伸ばす、そのためには、従来の「輪切り」で児童生徒を判断する相対評価は時代に合わない、これが答申にみる文部科学省の基本スタンスといっていいでしょう。でもね、絶対評価を今ごろになって推すのは不思議な気がします。個性を重んじるのは、いつの時代でも大切なことではないですか。今だからこそ、そのための絶対評価が必要というものではありません。

 

 たしかに、個性尊重教育は臨教審以来の教育政策的課題であったし、1989年の学習指導要領も、その線に沿った改訂でした。つまり、個性尊重は、80年代からの主張でした。それゆえ、個性尊重と絶対評価の導入が今にはじまった議論というのは間違いかもしれません。しかし、教育という文化領域の大きな仕事としての相対評価、70年代、80年代の学校が行ってきた相対評価は、人材配分、人材供給に寄与してきたはずです。その意味で、教育というのは、あの人をこの会社に、この人をこの役所にと、社会を円滑に動かしていくためのシモベの役割を果たしてきました。70年代、80年代の教育評価のあり方は、それはそれで機能していたと考えなければならないと思われます。

 ではこの教育に課された人材配分の機能はもういらなくなったのでしょうか。そーなんです、もういらないのです。なぜなら、それにかわって、生涯学習があるからです。一生勉強、一生評価なら、常に実力をもった人しか相手にされません。あの人をこの会社に、この人をこの役所にとする適材適所の思考、振り分けの作業は、もう高等教育の現場では意味がなくなるのですね。だから初等・中等教育も、この流れに合流するほかありません。相対評価にかわり絶対評価を活用しようとする動向は、大きくいえば社会の推移と関係があるといえるでしょう。2001年になって、神戸市もこのような方向の下で児童生徒を教育したいのでしょうね。

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2001年11月6日

 次の@〜Dの江戸時代の私塾について、最も関係の深い人物を下から選びそれぞれ符号で答えよ。

@松下村塾  A鳴滝塾  B適塾  C芝蘭堂  D咸宜園

 福沢諭吉  イ 吉田松陰  ウ 緒方洪庵  工 広瀬淡窓  オ  シーボルト
 中江藤樹  キ 平田篤胤  ク 大槻玄沢

 2001年の夏は、単車で北九州を駆け抜けましたぞ。今年のあの猛暑の中、クーラーのある車と違い、「止まると地獄をみる」単車で、別府⇒湯布院⇒日田⇒平戸⇒佐世保⇒長崎⇒大宰府⇒別府と、ぐるっと一周(いや、八の字かも)してきたんだよな。ああ、懐かしい。見学しようと咸宜園をたずねたのは、運悪く休館日の月曜日だったんです。休館表示の横手の、時刻表に目がとまりました。咸宜園はバス停の名称にもなっており、それだけ今の町の人にも親しまれているのでしょうね。江戸時代末期に経営されていたこの私塾は、もちろん門下生は入れ代わり立ち代わりだったのでしょうけど、そっと外観だけをみたかぎり、ほんとに通算3000人もいたのかなと思わせるつくりです。淡窓先生もさぞや指導にてんてこ舞いだったんでしょうね。ちなみに、淡窓先生の生家(咸宜園と少し離れた場所にある)は資料館として再生してます。こちらのほうは開館していて無駄足にならずに済みました。資料館の手水場は冷たい水がたっぷりでます。おそらく、同じ水源からとった水で冷やされているのでしょうけれど、この近くで飲んだ冷えひえの「ラムネ」うまかったなあ。

 咸宜園は封建的な制度のあり方を超えた実力主義の私塾でした。家老の子は家老、これが身分制度の本質ですね。いくら頭がよくても出世には届かない、「血」が優先される社会です。ほぼ生まれで将来が約束される世界です。坂本竜馬が郷士ゆえに差別され、苦しんだのも、ここに理由がありますよね。ところが、この咸宜園では、実力が最優先、家老の子であろうと、試験の結果が悪ければ、進級できません。その意味では、幕末の閉鎖的な社会構造を教育の面から批判した私塾として歴史的意義が認められるでしょう。社会変革の突破口がこうした教育制度の変質から可能になる!近代を先取りした学校制度といえそうです。

  だが、見方を変えるとどうなるか。さあ、受験、受験、実力をつけるんだよと保護者に駆り立てられ、塾へ通った経験をもつ子どもが今でもいるし、私たちも、あるいはそうだったかもしれません。とすると、今の学歴社会、受験地獄を作り出した最初の私塾だともいえそうです。「及第点をとらずんば、進級を許さず候」と叱り飛ばす淡窓先生の姿が、受験産業の先生と二重写しにダブってみえます。歴史というのは難しい・・・どのような視角で歴史的事実をみつめ、評価するか。まったく違う結論が出てこないともかぎりませんね。

 ところで出題は、九州は長崎。2000年度です。ちなみに咸宜園は大分県日田市にあります。合格したら見学にいってみてはどうでしょう。それにつけても残念なのは、このツーリングに、カメラをもっていってないことです。IXYを買ったのは、つい最近の出来事。ま、気持ちを前向きに、次回の「歴史的教育施設の探訪」の計画を練るとします。今日はこれにて一件落着で御座候。

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2001年10月30日

 次の文は、新学習指導要領第章総則の「教育課程編成の一般方針」から、道徳教育について述べている部分を抜き出したものである。@〜Dに適する語句を、下のア〜コから選び、その記号を書きなさい。

道徳教育は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、( @ )の精神と生命に対する( A )の念を家庭、学校、その他杜会における具体的な生活の中に生かし、豊かな心をもち、個性豊かな文化の創造と( B )な社会及び国家の発展に努め、進んで平和的な国際社会に貢献し未来を拓く( C )のある日本人を育成するため、その基盤としての( D )を養うことを目標とする。

ア 創造性  イ 主体性  ウ 道徳性  工 柔軟性  オ 遵法
カ 人問尊重  キ 民主的  ク 献身的  ケ 畏敬  コ 感謝

 道徳教育は学校でできるものなのかな。ちょっと乱暴に、道徳教育を「やっていいこととわるいことの基準を教えること」とするなら、そんな基準を誰が決めるのかな。保護者か先生か国か、それとも自分自身か?上の学習指導要領の4行ばかりの表現をみるかぎり、目標が書かれてるだけで、「誰がきめるのか」は書かれていませんね。そういうことを考える問題を青森県は出題すればいいのに。これは2000年度の問題です。

 時代に応じて、道徳教育の目標を、「進んで平和的な国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成する」などと学習指導要領で示すのは勝手だけど、この「目標」を「教える」のか?道徳って、教えるものなのか?

 そうではないと思う。道徳とは伝えていくものだと思う。だから道徳教育とは、上の続きでいうなら、「やっていいこととわるいことの基準」を自分なりに吟味し、その自分なりに考えた結果を社会秩序や規範と照らし合わせて、場面場面に応じてどう態度を決めるか、そうしたことについて主観的に判断する能力を培わせることじゃないかな。そうだとすると、これをやっちゃいけませんよなどと刑罰的に教え込むものではないでしょう。それは道徳じゃなくて、法律の仕事でしょう。

 一人ひとりの人間が個性をもち、多様な価値観をもっているのだから、勧善懲悪的な道徳教育をしても仕方がないし、どうせやるならば、伝えていく、迫っていく方法をとるべきでしょう。すなわち、道徳的な課題において、「私はこれこれこういうふうに考えていて、これこれについてはこう判断し、このような態度をとった。これはよいことだと考えたからだ。君がもしこの考えや判断をよしとするなら、そうした発想なり考え方なりを学んでくれたらいいし、そうでないならなぜそうでないかを考えてみないか・・・」と、下駄をあずけるような姿勢、教員の道徳意識をいったん生徒にゆだねて考えさせる姿勢をとって進めていくのがいいんじゃないかな。

 道徳は「各教科」じゃないですしね。教育課程の「領域」のひとつですよね。「領域」的な指導の仕方(これはちょっとわかりにくいなあ)をつくっていきましょう。

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2001年10月27日

  次の(1)〜(4)の文を読み、文中(ア)〜(オ)に当てはまる言葉を下のA〜Jから選び、その記号を書け。

(1)(ア)には、視覚障害者や聴覚障害者を教育する盲学校や聾学校と、肢体不白由者・病弱者及び知的障害者を教育する養護学校がある。

(2)小学校・中学校には、主に言語障害のある児童生徒が、通常の学級に在籍しながら特別の指導を受ける(イ)と、知的障害や情緒障害等のある児童生徒が在籍して学習する(ウ)を設置することができる。

(3)障害のある児童生徒が、通常の学校の児童生徒や地域の人々と共に活動することで社会性や豊かな人間関係を培う教育活動を(エ)と呼ぶ。

(4)盲学校、聾学校及び養護学校学習指導要領(平成113月告示)においては、重複障害者の指導や自立活動の指導に当たっては、個々の児童生徒の実態を的確に把握し(オ)を作成することとなっている。

A 年間計画  B 特殊学級  C 養護学校  D 体験的活動  E個別の指導計画  F 特殊教育諸学校  G 通常の学級  H 交流教育  I通級指導教室  J 養護学校

 ノーマライゼーションという言葉がある。ノーマル、アブノーマルと書けば、このノーマライゼーションの意味の察しがつくと思うが、障害児教育に限定してその意味を問えば、それは、「障害児」のもつ「欠陥」を彼の特性・個性と捉え、その個性を誰もが認め尊重し、「健常児」も「障害児」もいっしょになって勉強したり、遊んだりし、学校としてまとまっていこうとすることであろう。日本語で表現すれば交流教育である。

 「障害児」は学校教育から長い間排除されてきた。それは、養護学校の義務制が昭和54(1979)年にようやくはじまったという事実が示している。情熱あふれる先生方が、あるいは内臓疾患などで長期入院を余儀なくされた通学できない子どもたちのところに教えに行き、あるいは交通事故で不幸にも肢体不自由になった子どもたちのところへ教えに行った。だが、公教育において正式な形で、こうした訪問教育の試みが認められることがなかった歴史をわれわれはもっている。 「障害児」も当然のことながら「教育を受ける権利」(憲法26条)をもっているのである。それをバックアップしていくのが、教員を目指すものの正しい姿勢であろう。

 特殊教育諸学校や特殊学級の設置が小規模で、金がかかることは事実である。というのは、「自立活動」の内容もそれぞれの児童生徒のケースに応じて工夫を凝らさなければならないからである。たとえば、点字の教材などそろえておくべきであろうし、車椅子のためのスロープ設置も自立活動を効率よく進めるための当然の措置である。。こうした学習しやすい教育環境を準備することこそ教育行政の仕事であり、「教育を受ける権利」を保障することである。財政的な言い訳をする態度を、福祉の観点からも政府や自治体は慎まなければならない。

 この2000年度・愛媛県の問題は、障害児教育に関し、いろんなことを考えさせてくれる。いい問題である。ところで、上述において括弧付で表現した語句を、心になんらのひっかかりもなく使用できるようにならないものだろうか。その昔、「知的障害」が「精神薄弱」と表現されていたように、この分野で使用される語彙は反省され、より表現に紛れのない言葉をさがしてきた。今後も法令上の言葉の検討(たとえば、上の「欠陥」という表現も法令で使われている)も含め、考えたい。それが、ノーマライゼーションをいっそう推し進めると思うからである。

 今回は「である」体だったなあ。

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2001年10月22日

 次の(1)〜(5)の文・語句に最も関係の深い人物名を下のア〜コから選び、記号で答えなさい。

(1)造物主の手を出る時はすべてのものが善であるが、人間の手に移されると、すべてのものが悪くなってしまう
(2)万物の尺度は人間である
(3)著作『大教授学』
(4)子どもが太陽となり、その周囲を教育の諸々のいとなみが回転する
(5)問答法

ア プロタゴラス  イ ミルトン  ウ ソクラテス  エ デューイ  オ アリストテレス  カ ニーチェ  キ コメニウス  ク カント  ケ ルソー  コ ペスタロッチ

 いやはや、なんともいえない教育史の問題ですね。この問題は30秒で解かねばなりません。30秒以上かかるようだと失格です。しかし、教育委員会というのはなぜこんなしょうもない問題を出すのでしょう。歴史の問題なのに、歴史的な発想を問う姿勢がまったくない。一問一答式の問題集的駄作でしょう。でも、こんなのが繰り返しよくでるんですなあ。この問題は2000年度三重県のものです

 採用試験受験生は、『大教授学』を実際に読んで、教養とすべきでしょう。本来、それが教職教養を身につけるということです。でも、これ読むのは骨が折れます。日本語訳でですよ。原文だととてつもない時間が必要ですね。コメニウス(1592〜1670)は、教育学者というより、神学者といったほうが当たってます。『大教授学』は、かなりの部分、聖書からの引用です。神の似姿として人間は作られた、だから神に理想の姿を見出し、人間は、神になんとしても近づくんだとコメニウスは絶叫するのです。教育目標が神に近づくことってんだから、およそ近代の教育家と位置付けるには無理があるのではないか知らん。じゃ、近代の教育家となぜひとはいうのか。なぜならそれは、『世界図会』をものしたことにあるんですね。絵入りの教科書を使用し教育する方法は、当時非常に新しい試みだったんですねえ。という意味で、近代的教育方法論者といえそうです。

 ところで問題の答えが知りたい?そんなのはここには書きません。下の問題の解答も書いてないでしょ。あははは。そりゃ、自力でがんばって。


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2001年10月18日

 学習指導要領について述べたア〜オと、学習指導要領A〜Eを適切に組み合わせてあるのは、下のうちどれか。

ア 小学校には生活科が新設され、中学校では選択履修の幅が拡大された。高等学校には公民科が新設されるとともに家庭科が男女必修となった。

イ 基本方針として科学技術教育の向上、道徳教育の充実が示され、小学校、中学校には道徳、高等学校には倫理・社会が新設された。

ウ 小学校、中学校、高等学校及び盲・ろう・養護学校に「総合的な学習の時間」が新設され、地域や学校、児童・生徒の実態等に応じて横断的・総合的な学習や児童・生徒の興味・関心等に基づく学習など創意工夫を生かした教育活動を行うものとした。

エ 「自由研究」が廃止され、そのかわりに小学校では「教科以外の活動」が、中学校、高等学校では「特別教育活動」が設定された。

オ ゆとりのある充実した学校生活を実現するため、地域や学校の実態に応じ創意を生かした教育活動が展開できるようにした。

A 昭和26年発行の学習指導要領一般編(試案)
B 昭和33年告示の学習指導要領(ただし高等学校は、昭和35年告示)
C 昭和53年告示の学習指導要領(ただし高等学校は、昭和53年告示)
D 平成元年告示の学習指導要領
E 平成10年告示の学習指導要領(ただし、高等学校、盲・ろう・養護学校は平成11年告示)


1 ア−C イ−B ウ−D エ−A オ−E
2 ア−D イ−B ウ−E エ−A オ−C
3 ア−D イ−C ウ−E エ−A オ−B
4 ア−E イ−A ウ−C エ−B オ−D
5 ア−E イ−B ウ−C エ−A オ−D

 こんにちは。長い間、工事中で失礼しました。ようやく、「コラムとしての過去問研究」のスタートです。といいましても、大それたものではなく、ここでとりあげる各問題と現在の教育状況とを突き合わせて、私が感じたことどもを述べていくというコーナーです。その意味では、問題そのものの解説というわけではありません。この問題は2000年度東京都の問題です。東京都のほか、いくつかの都道府県では、問題を持ち帰ることができますので、そうした問題公表の都道府県の中から、随意にピックアップしていこうと考えています。

 今回の問題は、どこの都道府県でもとりあげられそうなポピュラーな問題です。学習指導要領の変遷について知っていれば、簡単に答えられますね。しかも、歴史的にならべることも要求されていません。くわしくは、「学習指導要領について」を参照してください。

 ところで生活科って、どんな内容なんでしょうね。これは、各学校でぜんぜん違ったことをやるわけですが、理念的に考えても「理科+社会」的なものなのでしょう。社会や自然と自分との関係を考え、そこから自立への基礎を養うための年間102時間(小1)もある教科です。しかし小学校低学年の児童に自分の生活を振り返らせるってのは、難しいことじゃないでしょうか。実際は、学校の施設である理科室や社会科準備室を「探検」する時間になったり、飼育小屋のうさぎをあたたかく見守ったりする時間になるのでしょう。就学前のこどもの好奇心が学校教育に接続することをねがった教科だと考えられます。

 ここではその他多様な活動が期待されるでしょうが、そうした活動をどのように蓄積できるのでしょうか。こうした教育成果の蓄積の困難さは、「総合的な学習の時間」についてもいえることでしょう。生活経験をベースとする授業を系統化して、各小学校の財産にしていくのは骨の折れる仕事だと思います。生活科の1回1回の授業をどのようにしてつなげるか。いい方法はないものでしょうかね。

 私は、生活科は「道徳の時間」を吸収する教科になりえると考えています。学校で最低限のしつけをすることのできる時間にもなりそうです。終戦後の道徳教育が社会科の中で行なわれたように、「道徳の時間」を廃止して生活科を利用すればどうでしょう。そして、理科、社会と並行しつつ生活科を中高学年においても設置すれば、この試みはあるいはうまくいくかもしれませんね。

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