集団討論についての覚書・1

人物重視試験のおおきな壁

集団討論・もくじへ 浩の教室・トップページへ 覚書・2へ

はじめに

 2001年度の試験結果がほぼ全国で公表されたところである。小学校を中心に、多くの自治体で採用人数が増加したが、教員の「質」をみる選考がもっぱらとなり、われわれにとって教員への道は依然として厳しく険しいといわなければならない。なぜなら、教育原理や教育心理などの基本的な知識を問う従来型の試験に加え、人物を評価するための試験が課され、この対策が教員採用試験受験生に要求されているからである。いうまでもなく、ここに占める点数の配分は高いと予想される。(追記:もう10年前のこの文章がまだ読まれていることは、たいへんうれしいと同時に、内容が古くなっていることを恐れている。ただ、本質的なところところに変わりはないと考えている。大阪府の採用試験のシステムが変わり、集団討論が廃止され、集団面接の実施になっている現在、以下の文章は、他の自治体を目指す方のためには、まだ有効ではないかとひそかに思っている。Nov.26,2011)

 教員への道の険しさということでは、最初の「敷居」も高くなった。現役大学生の中には教員免許法改正によって「介護等体験」の単位を獲得し免許状を取得しようとしているものもいる。必要単位を取り切る情熱がないと教員の免許すら習得できない現状である。それだけ教員を目指す分母の質が高くなっているというべきであろう。こうした教員の総体的なレベルアップを図ろうとする文部科学省の方針は、最近出た中央教育審議会の中間報告にもあらわれている。すなわち、現役の教員に対し、免許の更新制を導入するかどうかという議論にまで踏み込んでいるのである。これについての結論は持ち越しとなったが、その導入は十分に考えられよう。

 だが、真剣に教員への道を目指すものにとっては、厳しいほうがありがたいといわなければならない。いわゆる記念受験組や、昔でいう「でもしか」的な志望者(教師に「でも」なろうか、教師に「しか」なれない、といわれた想像を絶する時代があった)が確実に減少するからである。こうした人物評価の比重の高い試験が一般に「人物重視試験」と呼ばれるのだが、その実施方法には個人面接、集団面接、集団討論がある。個人面接と集団面接の違いはいうまでもないが、集団面接と集団討論とのおおきな違いは、集団面接には面接官の質問・指示が随意にはいるが、集団討論には面接官が口をはさまず、受験生の議論を見守るというところにある。

 具体的にいえば、集団討論は、2人以上の面接官の前で、おおむね30分前後の時間内において、1グループ3人以上(上限は各自治体でまちまちだが、10人以上では多い感じがする)で構成される参加者が、ひとつのテーマについて討論する形態をとる。机や椅子の配置も各自治体で独自に設定している。個人面接、集団面接、論作文試験も、「人物」をみるための試験であるといえるが、ここでは、集団討論との比較や関連でその意義について触れるにとどめたい。

集団討論・もくじへ 浩の教室・トップページへ 覚書・2へ