集団討論についての覚書・10

人物重視試験のおおきな壁

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例題 6

 最近、ワタクシは愛犬を亡くし、悲しみにくれています。動物はかわいいですよね、さて、今回は、「子どもが教室で犬を飼いたいといったときどのように指導するか」を考えてみましょう。この課題は、生活指導の問題ですね。学校で、動物を飼うことは、情操教育の面で大変効果があるでしょう。この課題に対するドライな答えとして「飼える」、「飼えない」と主張するだけでなく、その論拠も含めて議論をどのようにして深めていけばいいでしょうか。多くの小学校に飼育小屋があり、現実にウサギが飼われているケースがあります。ここでは「教室で」というところがネックですね。教室の中でイヌがウロウロする場面を想像して下さい、これでは「飼えない」に決まっています。では、その代替策になにを提案し、学級全員で討論できるでしょうか。そうしたことをワタクシたちは議論する必要があるでしょう。

 教員の立場からすれば、教室でイヌを飼うことは絶対に許可できませんね。授業時間における児童生徒の集中力が削がれるからです。ですから、まずはこうした児童生徒の要求を断固拒否することから指導をはじめなければなりません。これを討論参加者の共通認識にしたうえで、次に、代替策の提案になるでしょう。教室でイヌがだめなら、カメ、カニ、昆虫はどうなのでしょうか。イヌは吠えます。カメは鳴きません。少なくともその点で集中力は削がれませんね。学級活動の場において、児童生徒に他の動物ではどうか、とすすめれば、どうでしょうか。かれらはカメの飼育方法を考えはじめるかもしれません。しかし、断固イヌがいいという児童生徒も出てきます。そのときには、教室の外で飼うことを提案するということになります。このように児童生徒を主体として、学級会の討論が活発になるようワタクシたちは支援しなければなりませんね。と同時に、動物を飼うことは、広く「主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること」を児童生徒が主体的に議論することになります。とすれば、「道徳の時間」の主要課題と生活指導が結びつきます。生命の大切さを育む絶好の機会でしょう。学級活動と「道徳の時間」がひとつのテーマで結ばれ、飼育することの責任、命の尊さが学習課題にのぼってきます。

 しかも、こうした児童生徒主体の議論は、クラス、学年にまたがり、ひいては学校全体の取り組みに発展していくことにもなるでしょう。イヌやカメの面倒をみること=責任者の割り振りを考える、とするならば、飼育担当の一覧表を作成することになるでしょう。クラスを超えて学校全体でその当番を決定するようになるかもしれません。また「餌」の問題もでてきます。学校全体の取り組みともなれば、そのイヌなりカメなりが「人気者」となって学校のシンボルになることもありえます。カメではちょっとつらいでしょうが、イヌは十分その可能性がありますし、現にときおり新聞でも散見する事例です。しかし、さらに問題になることがでてきます。児童生徒がいる学期中はいい、夏休みや冬休みはどうするのでしょう、だれが世話をするのでしょうか。こうした質問を児童生徒にした場合、どのように答えるでしょうか。

 夏休みも「餌」を食べます。生き物なのですから。従来、よく飼われているケースの多いウサギはどうなのでしょう。ここで、学校用務員のことを討論する余地がでてきますね。陰に陽に、学校の多様な仕事を引き受けて下さる用務員さんのことをワタクシたち教員は日頃どのようにみているのでしょうか。彼らとの協力体制なしにはウサギやイヌなど動物を飼うことなどできません。実際、児童生徒と用務員さんが面と向かって「お話」する時間などあったでしょうか。その報告をワタクシは少し聞いたことがあります。それは、冬にストーブを用意しますが、その扱い方なり、注意なりを児童生徒のまえで「お話」するというものです。それから、用務員控え室を開放し、児童生徒が「気楽に」彼らを訪ねていける雰囲気を学校が提案したという事例です。「飼育」とは討論の筋道がそれますが、こうしたトピックは、討論を豊かにするエッセンスになります。

 カメならば、休み中、最終的に教員があずかることも可能でしょう。イヌはちょっとムリですかね。児童生徒の期待に最大限応えつつ、彼らを支援する姿勢が求められています。生活指導、道徳指導との結びつき、責任感の養成、生命の尊重、学校用務員の役割、学校全体の取り組みと、多彩に議論をすすめていくことが大切です。そのほか、学校現場を見渡せば、もっともっと議論するポイントがでてきます。「開かれた学校」という観点からは、そのイヌなりカメなりを地域ぐるみで育てる、ということも考えられますし、修学旅行はムリとしても野外活動にイヌを連れて行くということも考えられるでしょう。ということは、ワタクシたちは、つねに学校そのものを頭に描くクセをつけなければなりませんね。教育原理や心理、法規を学んだとしても、それが現場の実体とかけ離れたままでは、無味乾燥なものとなります。みなさん、ワン、と吠えてみましょう(笑)。

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