私の目指す教師像

pikoさんの投稿へのコメント

 「児童と共に汗し、喜び、笑い、涙を流せる教師」こ
⇒最初の文章を括弧ではじめるのは止めたほうがいいでしょう。
れが私の目指す教師像である。変化の激しい社会の中で
児童の生活やものの考え方も変わってきている。しかし、
                      ⇒このように一般論的に書くのも、避けたほうがいいですね。pikoさんがどうであるのかが大切なのです。
児童の心に寄り添い、理解し、児童と共にあろうとする
教師の姿勢は、いつの時代も変わらない。
 私は、以下の実践から目指す教師像を実現する。
@一人ひとりが活躍できる学級づくり
⇒こうした記号を用いて論作文を書かないこと。注意事項を読み直すこと。
 一人ひとりのよさを看とり、ほめ、励まし、活躍の場
         ⇒「看とり」は、「死者を看とる」というときに使うのではないですか。
を作り、自信を持たせる。また、帰りの会等で友達同士
でよいところを見つけあい、友達のよさに気づき、互い
が認めあえる雰囲気を作る。
⇒結局、児童はどのようにして「活躍」するのですか。
A基礎・基本の徹底
 学校生活の大部分は各教科等の学習である。できる喜
び、わかる喜びが児童の (ツメル)学校生活への自信につながる。
⇒「学校生活」という言葉が2度でてますから、工夫して省略しましょう。「各教科の学習がしっかり理解できるということが児童に自身を植えつけ、学校生活を実り豊かにする。したがって・・・」としましょうか。
私は教材研究を行うと共に、個別指導等、児童の実態に応じ
た支援を粘り強く行う。
⇒これだけでは、インパクトがありません。一般にいわれていることです。
B育ちあえる人間関係づくり
 以前担任した学級で、ある児童が他の児童を仲間はず
れにしようとしていた。その時、一人の児童が反対し、周り
の児童も同調して、事前に仲間はずれは回避された。摩
擦でそれぞれがつらい思いをしたが、教師の支援も得て
                 ⇒この「教師」とは、pikoさんのことではないのですか。そうならそういう書き方をしないといけません。これでは、他の先生の事例と読み間違えられます。せっかく「以前担任した」と書き出しているのですから、ものおじせず、「私が指導した」とはっきり書いたほうがいい。中途半端はダメです。
一週間後には仲のよい仲間に戻ることができた。以来仲
間はずれはなくなった。仲のよい友達同士でも悪いこと
は悪いと言いあえる人間関係によって児童は育ちあう
とができたのである。うれしかった。@Aで育った雰囲気や自信
                 ⇒この@Aの表現は書き直すこと。「活躍できる学級づくり」から仲間はずれが回避できたのはわかりますが、「基礎基本の徹底」からなぜ「回避」できたのでしょう。その理由を書かないと説得力に欠けます。それは、教科教育で培った問題解決の力が、生活面に発揮できたということでしょう。
を基に自分達で解決する活動を大切にしたことが、育ち
あいにつながったと考える。
 これからも児童と共に汗し、心を通わせながら過ごす
中で、一人ひとりのよさや願いを理解し、支援をしてい
けるよう、努力していく。
⇒全体的に、訴えたい点が盛り込まれすぎで、主張が分散してしまっています。思いきって「基礎基本の徹底」を削ってしまえばすっきりします。そのかわり、「育ちあえる人間関係づくり」を突っ込んで書きましょう。生活指導を中心に、「児童と共に汗し、喜び、笑い、涙を流せる教師」を目指すよう論述しましょう。May 11,2003

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