学校、家庭、地域社会の連携をいっそう深めることが求められている。これについてあなたの考えを述べ、またどのように実践するか、具体的に述べよ。

花さんの投稿へのコメント

 「開かれた学校づくり」と言われるように、学校はあ
らゆる情報を家庭や地域に発信し、また受信していく必
要がある。
⇒微妙に不正確です。「学校はあらゆる情報」を「発信」し、「また、家庭や地域の教育的な要求を受け入れる(受信する)姿勢が求められる」と、目的語をしっかり書くことが混乱を防ぎます。
 例えば、学校でいじめが発覚したとする。それは当然、
学校だけで解決できるものではない。中教審答申にもあ
                ⇒いじめの問題は、学校だけで解決できがたいですが、解決をはかる主役的役割は依然として学校にあります。このことは忘れてはいけませんね。つまり、ワタクシたちはいじめ解決の努力を放棄してはならないということです。当たり前ですけど。
るように、子どもの教育の最終責任は家庭にある。よっ
いじめの加害者の保護者と連携して指導に当たる必要
があるのだ。また被害者の保護者とも連絡を取り、子ど
 ⇒ここで、なぜ「よって」でつながるのかわかりません。「最終責任は家庭」にあるということは、いじめの加害者である子どもを育てた保護者に責任があるということをいいたいのではないでしょうか。つまり、答申は、「指導に当たる必要」が「ない」という立場をあらわしているのではないでしょうか。また、被害者と加害者という言葉を使いすぎると「どぎつく」感じられることもありうるので注意しましょう。
もの様子等を頻繁に伝達し合うことを心がけなければな
         ⇒伝達よりも、「連絡」だから、全体をスマートに、「また被害を受けた子どもの保護者に連絡を取り、その様子や経過を綿密に連絡することを教師を目指す私は心がけなければならない」でどうでしょう。
らない。さらに、学校外でいじめを目撃したときにきち
んと注意できるような雰囲気を、地域社会の中で作って
おくことも必要である。
             ⇒こんなことは具体的にできるのですか。あなたは注意したことがありますか。ワタクシは、とある禁煙の場所(デパート)で、横に2、3歳の子どもがいるにもかかわらず煙草を吸っていた高校生をたたき出したことがありますが、人生でそれ1回きりです。そのときも周囲はなにもいってくれず、無力感を感じました。ちなみのその子どもとはワタクシの子どもではありません。見ているだけだった人の子どもです。「注意できる雰囲気」など作れるのですか。どうやって作るのですか。是非ともその方法を教えてください。わずらわしい人間関係を嫌い、事勿れ主義の現代日本にあっては、ノーベル賞ものです。しかし、理想に燃えるワタクシたち教員はこのことを真剣に考えなければならないわけなんですよね。街中で果たしてどれほどの人が「注意」などできるでしょう。じゃあ、注意する方法をいっしょに考えましょう。
 また学校の教育活動は、我々教師の考えだけでなく、
家庭や地域社会の意見も積極的に取り入れるべきである。
「3人寄れば文殊の知恵」と言われるように、複数の視
点から物事を考えれば、自ずと良い考えが多く生み出さ
れるものなのだ。
         ⇒段落を作って、独立したまとまりとしてこの5行を書いてしまうと、具体性がまったくないので、評価が落ちます。ここに段落を作る必要はないでしょう。また、「〜なのだ」はワタクシは使いません。美しい表現でないからです。以下、同じです。
 では、具体的にどのようにしてそれらを実践するか。
保護者懇談や学校評議員の活用も有効であろう。しかし
私は、新聞やインターネットの活用を強調したい。まず、
学校の取り組みや要望、その他の情報を載せた新聞を地
域で発行する。そして家庭や地域社会の意見や情報等も
     ⇒これは、たんなる学校新聞を超えたもののように捉えられるのですが、どうなんでしょう。具体的にどんな新聞なのでしょう。
募集しておく。また、これを一層素早く気軽に行う手段
が、インターネットである。インターネットでも同様に、
情報の発信や受信をホームページで行えるように整備し
ておくのだ。
       ⇒新聞でも、インターネットでも行なうのはなぜですか。どちらか一方でいいのではないのでしょうか。PCの普及の問題を考えるのなら、時期尚早の意見も出てくるでしょう。そうした配慮から、両者で行なうのでしょうか。しかし、現実的に負担が大きいですね。
 ただ、くれぐれも生徒や家庭のプライバシーの問題に
配慮しなければならない。例えば、前述したいじめの
対処時における保護者との連携連絡方法は、電話や面談等直接話を
しなければならない。することが基本である。
 このように私は、保護者懇談や学校評議員、さらには
         ⇒この「保護者懇談」と「学校評議員」には言及していないのでここでは書かないほうがいいでしょう。
新聞やインターネットなどの通信手段を通じて、家庭及
び地域社会との連携を図っていく次第である。
⇒インターネットのHPで、「地域の方々、道徳的に崇高な社会を作るために、注意のしやすい街に作り変えましょう」と啓蒙することは、それはそれで正しいし、まったく効果がないとはいいません。道徳面だけでなく、学習面においても、3者連携を進めていく際に、インターネットは立派な媒体になることでしょう。新聞の延長線上で捉えるだけでなく、インタラクティブな特性を活かして、具体的に何ができるでしょうか。子どもを中心に保護者も巻き込んでできることを、本番の面接試験時に、真剣に提案してみてください。「どのように実践するか、具体的に述べよ」に答えるのは、大変な仕事ですね。

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