私の目指す教師像

クッシーさんの投稿へのコメント

 私の目指す教師像は、誰からも信頼される教師である。
生徒、保護者はもちろんのこと、地域の人々、他の先生
方にも信頼される教師である。私がこのように思うよう
になったのは、中学二年のときの担任の先生の影響を強
く受けたからである。その先生は保護者からの信頼がと
くに厚く『あの先生に任せておけばうちの子も安心だ』
とよく言われたものだった。私自身もその先生に信頼で
⇒「よく言われたものだった」は、自分で回想するときに使うのであって、恩師の先生に対して用いるのは、適当ではありません。また、「言われた」ですが、ワタクシは平仮名で書くことをオススメします。
きるからこその相談をよくして、助けてもらっていた。
⇒ここは、「私自身もその先生を信頼しなにかと相談した」でいいでしょう。最後の「相談した」は、敬語表現になるものの、「相談にのっていただいた」でもいいと思われます。
教師を目指すようになった一因はこの先生のおかげであ
る。
⇒上の段落では、その先生からどのような影響を受けたのか、読み手には感じとれません。そこが不満です。簡単にどんな影響を受けたから信頼したのか、どのような相談をしたのか、そうした具体的な記述があるとよくなります。または、それほど保護者から厚い信頼を得ていたのは、どのような理由からなのか分析することが、以下の記述を充実させるきっかけを作ります。
 信頼される教師を目指すための具体的な思いを以下に
述べる。
⇒「信頼される教師を目指すため、以下、具体的に述べたい」でいいでしょう。
 1つ目は、本職である授業において信頼を得ることで
      ⇒「本職である」は、いらぬ誤解を生みます。生徒指導も「本職」のうちですから。
ある。学校教育のもっとも中心的な役割である授業に力
を入れて取り組み信頼を得たい。そのために専門分野の
知識、技能を徹底的に鍛え、現在必要とされていること
は何か、生徒の興味、関心は何か、に常に注意し、分か
りやすく、楽しい授業を目指したい。
⇒この段落の記述は、一般論を超えていません。専門分野に関し、どのように「徹底的に鍛え」るのか、具体的にはわかりません。また、「常に注意」するために、クッシーさんはどのような手立てを用意しているのですか。
 二つ目は、今後の学校には開かれた学校づくりが求め
⇒「1つ目」、「二つ目」と、数字の表記が異なるのは、好ましくありません。
られている。保護者や地域の人々と連携し生徒を育てて
いくことが重要であり、学校教育に参加してもらうこと
が必要になってくる。しかし学校に信頼がなければ参加
したくないのが普通である。その観点から保護者や地域
の人々への信頼を築くことが大切である。私は、普段か
ら地域の行事に参加し信頼関係を築き上げ、学校の情報
をホームページや学級便りなどで公開し情報交換を常に
行い、連携を密にしたい。
⇒ここも、一般論です。また、せっかく保護者の信頼厚い先生に出会っていたのに、それが生かされていない記述になっています。中学時代ですから、信頼される根拠を思い出すのは苦労するでしょうけれども、そこがなければ、論作文全体としてしまりがなくなってしまいます。客観性を持っていいたいことを書きましょう。
 このようなことを行うためには教師自身の姿勢が大切
⇒「このようなことを行うためには」は、文章表現が稚拙です。工夫してみましょう。
になる。教育の本質でもある、生徒ともに自らも学び続
       ⇒一緒に学びつづけることが「教育の本質」なのでしょうか。このことは教育学理解のために重要なことです。是非、調べてみましょう。なお、「教育の本質でもある、」がどこにかかる言葉なのか、不安定です。
けることこそ信頼を得る第一歩だと私は考える。常に生
徒と正面から向き合い、求められていることは何なのかを
考えそれを実行し、研究に励みたいと考えている。
⇒うーん、今一歩の論作文ですねえ。全体を何度も読み返して、ひとりよがりなところを直していきましょう。最後のまとめの段落も総書き換えを望みます。June 24,2003

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