私の目指す教師像

ちゃまさんの投稿へのコメント

 児童の学習環境や生活環境を、より充実させるために
私には大きく二つの目指す教師像がある。
⇒目指す教師像が2つあってもおかしくはないですけれど、それは1つの像の裏表ではないのでしょうか。あるいは多彩な面を持った教師になりたいというあらわれでしょうか。
 一つは「いい授業をする教師」である。私が講師とし
私は、「今の授業はうまくいった」と思える授業何度かあっ
経験した。その授業の後には、自分からあまり話しかけてくること
のない児童が、積極的に私に話しかけてくれたり、いつ
もよりクラスがまとまって遊んでいるたりすることを感じた。そ
            ⇒ここでは「遊び」はマズイかもしれません。いいたいことはわかります。
の授業よく感じたのは私だけでなくクラスの児童も
同じだったのだと思う。私は教育のプロとして、毎日の
教材研究を深め、児童と一つになれる授業を積み重ねて
いきたい。
 もう一つは「家庭との結びつきを大切にする教師」で
ある。私が以前、幼い障害児を療育する仕事をしていた
際、その保護者と話す機会がたくさんあった。子どもが
             ⇒「たくさん」はやめましょう。書き言葉ではありません。
幼いこともあり、保護者の中には障害を認めたくない人
も多い。そのような保護者には、すぐに子どもの状態を
話さずに、保護者の気持ちを聞くことを心掛けた。自分
の気持ちを話していくうちに保護者の口から「どうして
この子はこうなんでしょう」と、子どもの状態について
の質問がでてきた。私もそうであるが、自分の話を聞い
てくれない人の話に、耳を傾けることは難しいものと考
える。
私は、家庭が持っている学校や教師としての私に対する思い、
⇒下線部は、わかりにくくないでしょうか。「聞く耳を持たない方とは会話が成り立たないと考える」なのでしょうか。ここは表現が難しいですね。保護者の悪口を書くのも躊躇するところですし。
児童についての考えを聞くことを心掛ける。また、学校
や私の考えも伝えていきながら共通相互の理解を図っていき
たい。このような家庭との結びつきを大切にし、児童を
「大人みんな社会全体で育てる」環境を醸成していきたい。さら
のようなうした環境の下、児童の社会性や規範意識育んで
いけるのであるいこうと考える。
 いい授業行うことや児童を取り巻く環境を充実させる
ことは、簡単に実現することではないし、時間がかかる
こともあると思う。将来を担う児童のために、私はこの
目指す教師像の実現に向けて全力を注ぐ決意である。
⇒最後の弱々しい表現はやめましょう。せっかくのちゃまさんの提案が無駄になります。「簡単に実現することでない」のは本音でしょうけれども、それを「なんとかする」のがちゃまさんの目指すべき「像」なのだから。学習面と生活指導面、ここでは家庭とのつながりを重視することの2つの像は、2つにして1つでしょう。あえて分けて提示する必要はありませんよ。2つが集約するような「像」を最終的にまとめで書いているのはそれを証しているのではないでしょうか。Sept.17,2003

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