私の目指す教師像

こたろうさんの投稿へのコメント

 私は、いわゆる「優等生」であったと思う。自分自身
が学校生活を楽しんでいたので、教員を目指そうと思っ
た。免許を取得し、運良く卒業してすぐに私立の教員に
⇒う〜ん、この書き出しはどうでしょうか。優等生云々は、ちょっと読み手の側になんらかの印象を与えそうです。また、学校生活を楽しむ→教員を目指す、というのも、短絡的な印象を与えるかもしれません。
なることが出来できた。不安もあったが、希望に満ちていた。
⇒私立の教員に「運良く」就職できたのに、なぜいままた公立の教員を目指す必要があるのでしょうか、という疑問を採点官は持ってしまうかもしれませんね。この疑問に対する解答をこたろうさんは用意しておかなければなりませんよ。
 学校なんて大嫌い。先生は敵だ。初めて教室に入った
とき、自分に向けられる視線に戸惑った。今までに経験
したことのない関係にどうしたらよいのか分からなかっ
た。生徒の姿が見えずに教室全体が自分を攻撃する対象
のように感じた。
⇒こうした感覚は、ワタクシも持ったものです。しかし、論作文試験ですので、エッセイ風に書くのはいかがなものでしょうか。自己の経験を書くのは大切なことです。ただ、刺激的過ぎる「先生は敵だ」に、読み手がどのように反応するか、考えてみましょう。読み手は、校長経験者や委員会の親分ですので、こうした敵対関係を経験されているでしょう。その意味では、こたろうさんの初々しいこの経験を温かく見守るように読むでしょう。と同時に、「こたろうさんに任せて大丈夫なのか」という感想も持たれかねません。作戦を立てて下さいね。
 ある時、何気なく教室のゴミ箱がきれいに片づけられ
ていることをほめた。きれいになっているね、気持ちい
いね、と。すると教室の空気が和らいだ。照れたように
はにかむ生徒を見て、初めて一人一人ひとりと向き合うことを
忘れていたのだと思った。そして生徒たちが私に求めて
         ⇒こたろうさんの「きれいになったね」は、クラスに向けて言葉をかけたのではないのでしょうか。そうだとすると「一人ひとり」にならないように思います。
いるものを考えるきっかけになった。
  ⇒この「もの」を具体的に表現して下さい。
 「落ちこぼれ」ではなく「落ちこぼし」ではないか、
その問いかけは常に考えていたいと思う。私の出会った
       ⇒この段落は、上の段落と内容的にどのようにつながっているのでしょうか。
生徒たちは、傷つき怯えていた。最初に感じた強い反発
は、不器用ながら認めてもらいたい故のサインだったの
だと後々気が付いた。それからは一人一人ひとりへ少しつ小
さなメッセージを送るように心がけた。授業導入時の声
かけ、提出物へのコメント、アイコンタクト。全員が受
け取ってくれたとは考えにくいが、何人かは、
私の関わ
⇒打消し線のような弱々しいいい方は書かなくていいです。ドーンと書いちゃいましょう。
りに応えてくれるようになった。
 学校が好き、先生は味方である。当たり前と思ってい
た前提を考えるよい機会になった。信頼関係を築いてい
くには、積み重ねが大事であり、根気を要するものであ
ることも実感した。私は生徒に味方になってくれる人物
として信頼される教師を目指したい。そのために他の教
               ⇒ここが結論になっていますね。「味方」と書くと、本当に「敵か味方か」になりますので、そう断定するのではなく、穏やかに表現した方がいいと思います。
員と情報交換を密にして、生徒の様々な側面をとらえる
努力していきたい。そして何よりも教師として信頼を得
るように魅力ある授業を作り上げ、学校が生徒たちの自
信を作っていく場所となっていくよう力を尽くす決意で
ある。
⇒一般的に教員と生徒の関係は、敵・味方関係ではなく、保護・被保護の関係でしょう。なぜなら、厳しく叱ることによって生徒が敵だと感じてしまうようでは教員失格でしょう。叱られて、保護してもらっているんだな、と感じさせるようにならないといけないと思っています。しかし、これは言うは易し、行なうは難しであって、ワタクシも常々反省している点です。「学校が生徒たちの自信を作っていく場所」というのはいいフレーズですね。Nov.1,2003

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