足元からの環境教育

狸の里さんの投稿へのコメント

 環境教育を足元のレベルから考え、実践していくとい
うのことは、次世代を担う子どもたちにとって不可欠の学習
である。なぜなら環境教育とは、環境を守るための学
習活動であると同時に、結局は環境によって生かされて
いる私たちのためのものだからだ。
⇒文章に安定感がないです。とりわけ2行目が不自然です。書き出しがこれでは、せっかく次の段落以降いい感じでかかれているのにもったいないですね。「なぜなら、環境教育とは、環境を守るための糸口を見出す活動であると同時に、環境を無視しては我々人間のいのちが継続していくことができないということを確認する試みにほかならないからである」ということでしょうか。
 環境問題自体は、非常に壮大で悲観論に陥りがちであ
               ⇒一瞬わかりにくいです。たとえば環境問題としての地球温暖化は、人間の実際的な対策行動を無にする、堰きとめることのできないパワーを持っていますね。現実に陸地が削り取られている「諸島」がありますから。狸の里さんは、そういうことを「悲観論」という言葉で表現しているのでしょうか。
る。しかし、教育の現場において環境教育についての何
らかの行動が求められている今、教員を目指す私、あるいは学校は環
境保全につなげられるように生徒たちにとって自発的で継続
可能な学習課題を提案する必要があるだろう。
⇒もう1度、論作文道場の注意事項を読み直してください。
 積極的にとらえやすい課題設定として、「食べ物につ
いて考える」というのはどうだろうか。生徒たちが毎日
の食卓で何を食べているのかを調べることにはじまり、
産地を確認することで国産食品と輸入食品の流通につい
て知ることができる。農産物や海産物の農薬の使用や薬
物使用、有機栽培や減農薬栽培の取り組みについてつな
げることもできるだろう。また、地域の郷土料理や独特
の調理法について調べることでれば、古来よりどのような理
由で何が食されてきたのかという地域学習を設定するこ
ともできる。調理実習を通して、実際に食べ物のどれく
らいの部分が食され、捨てられてしまうのかを計量して
確認してみることも一策である。さらにそこから廃棄さ
れる食品部分の有効利用について考えてみることや、な
ぜ廃棄されなければならないのかという理由、残留農薬
の心配といった課題につなげることもできる。
 このように、環境教育を行う上で指導者私には、生徒たち
                ⇒「指導者」というような、第三者的な書き方ではいけません。あなたがやるのです。指導者って誰ですかと採点官に思われますよ。
自発的に楽しむことができ、発想を発展的にとらえら
れる学習の切り口を提示することが求められているので
はないか。さらに、足元からの環境教育を通して、教員
は生徒たちに自らの生きる環境を積極的にとらえなおす機
会を与え、学校は活動を通して地域と家庭とをつなげる
立場を担うことができると考えている。
⇒内容的には整理が行き届いており、結構な感じです。しかし、ご自分がやるのだ、という強い意志が感じとれませんでした。それはやはり、ワタクシが「道場」で示した注意事項を無視し、第三者的に書いているからでしょう。環境教育を狸の里さんにまかせて大丈夫なのか、どんなことを具体的にしてくれる方なのか、そうしたことを教育委員会は確かめようとしているのですから、教員としての「自主性」を込めて論作しなければなりませんよ。いいかえれば、客観的に資料を駆使して構成、執筆される「論文」と、書き手の主観、やる気が充満した「論作文」の違いを理解し書こう、ということです。Nov.24,2003

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