学校、家庭、地域社会の連携をいっそう深めることが求められている。これについてあなたの考えを述べ、またどのように実践するか、具体的に述べよ。

五里ラッパさんの投稿へのコメント

 現在、社会は少子化、核家族化により、児童同士の関
わりや地域社会でのにおける多様な活動、体験が不足してきてい
る。「生きる力」の一つに、他人を思いやる心や感動
する心などの豊かな人間性がある。学校教育は、地域社
の教育と提携し、児童に様々な体験をさせる必要がある。そ
         ⇒「児童に多様な学びの体験を作っていくことが要求されている。その学びの体験を梃子に児童の人間関係が社会的にも広がりを持つ。学校と地域社会が児童を受け容れるふところの深さを一層深めることによって、児童の豊かな心が耕されるのではなかろうか」という感じでしょうか。
の中で、児童に人間関係を深めさせながら、豊かな心を
育てることが大きな課題である。
 そこで私は、総合的な学習の時間に、地域に密着した
体験の場を設定する。例えば、新潟県なら米作り、三条
市なら金物作りを児童に体験させる。地域には必ず「
○○のプロフェッショナル」の方がいる。そういうした
⇒ここは、「必ず地域にはその道の専門家が潜んでいる」とか、「必ず地域には専門家の方がいらっしゃる」とかでいいでしょう。括弧を使用しなくても構いません。
学校に呼んだり、現場へ児童を連れていったりして、本
                        ⇒「本場」の体験というと、なにか宣伝文句みたいですね。でも、問題はないでしょう。
場の体験をさせる。私は大学三年のとき、小学生と一
         ⇒ここに段落設定をするべきでしょう。
緒に凧作りをする機会があった。地元の人が作り方を教
えてくれて、凧合戦の話もしてくれた。実際に凧合戦を
しているビデオを見て、実物大の凧も見学した。児童は、
自分が作った凧を上げて、本当に楽しそうだった。また、
自分の大きさの何倍もある凧を見て感動している様子だっ
⇒ここは、「自分の何倍もある凧の大きさを見て」の方が自然な文章ですね。細かいですが・・・
た。このとき私は、普段の授業では見ることのできないうかがえない
児童のキラキラとした眼を見た。学校教育だけでは、
んなにこれほど児童のフレッシュな感情は出てこなかっただろう。
教師の力だけでは、凧合戦の感動を児童に鮮明には伝え
られなかった。学校教育と地域社会、地域の人々との連
携により、児童はその道を極めた人と一緒に、本場の体
験をすることができる。地域の人々と関わることによっ
て、児童は、普段とは違う人間関係を築くことができる。
⇒この段落の記述は読み手に訴える力があります。いいですね。ただし、「教師の力だけでは」云々は、少し表現を変更した方がいいかもしれません。老婆心ながら「だけ」という表現に引っ掛かりを感じるのです。「教員と地域の専門家が協力して体験的な学びを試みれば、これほどに児童の感動を得ることができる。私はこうした機会を設けるよう学校教育を充実させていきたい」ということですね。
 教師が児童に様々な体験をさせ、人間関係を深めさせ
るには、教師自身が日ごろから多様な体験をしなければ
ならない。それを忘れずに、日々を単調なものとしない
ようにしながら、多くを学び、児童の「生きる力」を育
成し、期待に応える決意である。
⇒この段落は、五里ラッパさんの主張のように書かれていませんから注意して下さい。「私は児童に多様な体験を提供し、学校における人間関係だけでなく、教育的な共同体としての人間関係を深めさせる。そのため、私自身が常に学校教育を充実するのに必要な地域の教育力を発見していかなければならない。私は多くを学び、児童の『生きる力』を育成し、児童や保護者の期待に応える決意である」と、論作文の主体が自分にあることを忘れない書き方にしましょう。Apr.1,2004

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