私の目指す教師像

ローズ娘さんの投稿へのコメント

 私の目指す教師像は生徒とともに汗を流すことが出来でき
る人である。時には喜びや苦しさを分かち合い、生徒の
 ⇒「人」と表現するのは少し違和感を感じます。それから、「時には」ではなく、教員ですから、「常に」でしょうね。
思いを真摯に受け止め、励ますことの出来できる人である。
 昨年度、私は臨任講師として吹奏楽部の第二顧問を任
され、文化祭で生徒たちと演奏することになった。生徒
たちは演奏技術や部員の団結力に悩んでいた。そんな時、
第一顧問の教諭に「生徒と一緒に音楽を楽しんでくださ
い」と励まされ、生徒たちとともに練習をすることにし
⇒ここで「励まされ」とあるのは、ローズ娘さんが励まされたのでしょうから、「生徒
たちは演奏技術や部員の団結力に悩んでいた」と書くよりも、「どのように生徒の団結を導くかに、私は悩んでいた」とするべきでしょうか。行為主体を正確に表現することによって、誤読を防ぎます。

た。合奏を繰り返す中で、生徒たちのそれぞれ苦手とす
  ⇒「何度も合奏の練習を繰り返すことを通して、」としましょうか。
る箇所が見え、自然と助言が出来できるようになった。克服
                         ⇒ここは、何を「克服」するのか書いておきましょう。
すると、もうひとつ挑戦しようという新たな気持ちが生
徒達にも芽生え、次第に練習にも活気が満ちてきた。そ
 ⇒ここだけ「達」になっています。論作文を通して統一しましょう。5行目は平仮名になっています。
の結果、当日は部員全員の心をひとつにしたがひとつになった素晴らしい
                ⇒あるいは、「〜がまとまった」でしょうか。
演奏を披露することが出来できた。「最後まであきらめない
で良かった」という生徒の言葉が今でも心に響いている。
 こうした指導経験は、「時には生徒と同じ目線に立て」という大学の恩師の
言葉がよみがえってくるをよみがえらせる。同じことを体感することで生
                    ⇒「活動を共にすれば」としましょうか。
徒の気持ちを共感的に受け止めることが出来できる。実感を
込めた言葉は聞く側にも理解しっかり届くし、受入れられやすい。学
                     ⇒「受け容れ」の方がいいかもしれません。
習指導においてもプリントや小テスト等を効果的に用い
ながら生徒の理解度をつぶさに観察し、生徒の実態に即
した指導をすることが出来できる。一方、実際の場面を想定
          ⇒「できる」という表現がが多いですねぇ。
したロールプレイやスキット等を積極的に用い、英語を
より身近なものとして感じさせることも可能である。現
実味の帯びたものは受け入れられやすい。さらに、教材研
究のみならず、メディアからの情報収集や、普段から英
語に親しむことは欠くことが出来ないかせない。英語に対する情
生徒の知的好奇心を引き出せると考えるからである。
 私は、苦しさを乗り越え、数多くの喜びを味わった生
徒たちこそ、自ら未来を切り拓いていくことが出来できると信
じている。どんな時も生徒の心情を理解し、そばで励ま
し、導いていける人こそが私の目指す教師像である。
⇒内容的にしっかり書けていると思います。ほぼ問題ないでしょう。理想像が伝わってきます。あとは、文章表現力ですね。簡単なところで点数を引かれないよう、上記の注意を守れば、満点も夢ではないですよ。ただ、合奏指導と教科教育との続き具合に、工夫すればさらによくなると思います。May 21,2004

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