私の目指す教師像

ももさんの投稿

 自然である教師、それが私の目指す教師像である。私
が出会った先生の中で、印象がとても薄く大学に入るま
で忘れていた先生がいた。小学3年生の時の担任である。
 その先生はほかの先生とは違った。今まで出会った先
生は数多くいる。しかし、その中で思い出としては色が
薄いが小さく輝いていた先生がいた。全員の児童に目を
配り、欠席したときには必ず手紙と給食のパンを届けて
くれた。学校を休んでしまったときはそれがとても嬉し
く、明日は学校に行くぞという気持ちにさせてくれた。
また、一人の子がいじめられそうになったときには、そ
の子に手を差し伸べ、私たちにその子がどのような子な
のかわかりやすく説明してくれた。少し思い出しただけ
でも、こんなにも私たち一人ひとりを愛してくれたこと
が感じられる。母のような先生だった。だからごく当た
り前に感じ、自然に時が過ぎてしまったのである。その
クラスでは私を含め全員が伸び伸びと過ごすことができ、
自分自身や友達のことを一生懸命に考えることができた。
その機会や場を自然に作り、端からそっと見つめていて
くれた。また、ときに温かい言葉もかけてくれた。私は
優しさや温かさを持った先生の素晴らしさを今感じてい
る。
 私は勿論、教師として知識というべき学力を育てるこ
とにも多くの工夫をしていきたいと考えている。それら
を含め学校という場で子どもたち一人ひとりと心で接す
ることができる思いやりのある教師になりたい。
 子どもたちの印象に残るような飛びぬけた教師でなく
ていい、子どもたちを心から愛す一人ひとりの影の支え
でありたいと願うのである。
 自然である教師、それは母のように愛情を注ぎ、子ど
も一人ひとりの心にそっと入っていける、そんな教師が
私の目指す教師像である。

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