私の目指す教師像

あささんの投稿へのコメント

 私が目指す教師像とは、生徒に安心感を与えることが
できる教師である。例えて言うなら「大地」のような存
         ⇒「たとえて」と平仮名のほうがいい。
在でありたい。
⇒「大地」になにか形容句をつけて書かれてはどうですか。「〜のような大地」とすれば、どういう意味で使われているのかしっかり伝わると思いますよ。
 私自身、非常勤講師として2年間の中で学んだは教
                      ⇒「こと」。以下同じ。
師陣の個性のバランスであった。
⇒「私が非常勤講師として2年間かけて学んだことは、様々な個性を持った教師が打ち解け合い、バランスよく学校を運営していることであった」でどうでしょうか。
 厳格さ、寛容さ、個性重視、社会性重視。物事に白黒
をつける、グレーゾーンを考慮する。教師各自の性格や、
価値観、行動様式に表れる多様な個性が調和され、学
全体の平穏を作り出しているであった。
⇒体言どめを使いすぎでしょう。
 私の学校教育で生かせる個性はなにか、と自然と考え
⇒「学校教育で生かせる私の個性はなにか」 ⇒「このことから」
た。行き着いた結果は安心感を与えるであった。
 具体的裏づけは以下の3つである。
⇒「その理由を以下に3点述べたい」でいいのではないでしょうか。
 ひとつは自傷癖のある生徒が自分に手首の傷を見せて
くれたことである。その生徒は、教室で発言や行動を起こすことに
恐怖感があり、保健室登校していたその生徒が、ある調理実
  ⇒をもっていた。
習時にばんそうこうくださいと準備室に来て傷を見せた
のである。養護の先生は信頼している人にはSOSの意
     ⇒あるいは「養護教諭」ですね。
味で傷を見せるとおっしゃっていた。もしかしたら私は
      ⇒このぐらいの敬語表現は許されるでしょう。
この生徒にちょっとでも安心感を与えられたんじゃない
     ⇒「少しでも」
かと感じたのである。
 ⇒「素直にうれしかった」ぐらいでもいいです。
 また、家庭科の主任の先生は自分のお子さんので、
私に心のうちを涙ながらに語ってくれたもあり、自分
が他人に与える安心感を再び実感したのである。
⇒涙ながらに話してくださったことはなんですか。2行程度で説明を加えてください。話を聞くことは直接安心感をもっていることの証明になるのですか。どんなきっかけでそうした打ち明け話が出たのでしょうか。この3行はなにがいいたいのかわかりずらく、読み手に頼りすぎた表現です。
 そして、私は大学3年4年では小児思春期精神化の医
師を兼任されている教授に付いて多くを学んだ。カウン
           ⇒「ついて」。漢字で書くなら「就いて」となります。
セラーの役割、現代の家族の問題など、人間の心理面に
ついて、深く考える機会を与えてもらったのである。特
にカウンセラーの仕事である「まずはクライアントのす
べてを受容する」ことは、教授自身が普段から学生に実
践しており、私はその姿勢に自分が目指す教師像を見る
⇒ここは断言しましょう。「その姿勢に私の目指す教師像を見出したのである」でいいでしょう。ここで「気がする」では「ぼんやり」しますよ。
気がしていた。
⇒ここまで読んで、書く順番が違うのではないかと感じました。カウンセラーの役割を教授から学んだのが最初で、次に教育実習であり、最後に非常勤講師で苦労したことを書くのでなければ筋が通らないのではないですか。
 こういった具体的な裏付けから、私は、「大地」のよ
うな安心感を与える教師を目指して行くことが、教育現
場にとって、また自分にとってもベストではないかと考
えている。
⇒まず、注意すべきは段落の多さですね。3〜5段落にしましょう。それから、自分の経験談を思いついたように書くのではなく、時間の経過を追ってまとめた方がよいですね。すずかさんからの注意もあったように、「大地」は再考が必要です。でも難しいですね。「すべての力の源となる」などであったら「海」くさいですしね。「生命を育む」も「大地」よりは「海」かな。是非このような自分なりのキーワードを書こうとするならば、そう書かねばならない根拠を示すよう、検討して下さい。

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