私の目指す教師像

masaさんの投稿へのコメント

 私が考える理想の教師は、生徒の個性を伸ばすことの
できる教師である。そのためには生徒の個性を見抜くこ
とと、個性に合った指導が必要である。私はできる限り
生徒と話をする時間をつくり、個性について生徒と共に
考えるという姿勢で個性を伸ばしていきたいと思う
⇒「個性について生徒と共に考えるという姿勢」という表現が、いまひとつしっくりきません。なぜなら、この文章を読む限り、masaさんが、「個性ってなんだろう」というような議論を生徒と考えていくように読めてしまうからです。
 私は中学生の時にサッカー部に在籍していた。だが、練習
時間が長くあまり勉強する時間がとれなかったため、授
業についていけるか心配だった。一年生の終わりの頃に
               ⇒ここは2年生の終わりではないのですか?
は、高校受験のことも考え部活をやめようか悩んでいた。
その時の私の担任の先生は放課後等に積極的に話しかけ
てくれる先生だったので、私はその悩みを打ち明けた。
すると先生は「一緒にどうするか考えよう」とおっしゃっ
てくださった。その後も何度か話し合いをした結果、私
は部活と勉強を両立させるという結論を出した。そのよ
な結論を出せたのに決意できたのは、先生の「君の良い所は何事にも
努力できるところだよ」という先生の言葉だった。その言葉のお
かげで頑張ってみようという気持ちになれたのである。
 その先生は、放課後等の時間積極的に話しかけてくれ
    ⇒ここは繰り返しになっているので、なくてもいい一文です。表現を変えて書くなら別です。大胆に削ってもいいと思いますよ。段落も変わりますから。
た。放課後は生徒の本音が出やすい時間である。ので生徒の個性を知
るのに話しかけるべきだと思う。また、先生はすぐに問
⇒ここは、「私は先生のように、生徒の心情を観察し理解できるように生徒一人ひとりとじっくり相対したい」でどうでしょうか。部活と勉強の両立を一緒に考えることが、生徒の個性を見抜いたり、伸ばしたりすることと同じであるかどうかには疑問が残ります。
題に対して答えを示すのではなく、まずは私に考えさせ
た。それによって私は、自分で問題について考え、答え
を出すという能力を身につけることができた。自分で出
した答えならより一層努力することができるのでこれは
私の個性に合った指導法であった。
⇒生徒の決断を尊重する態度は教員にぜひとも必要な資質です。ただ上述の決定を「私の個性に合った指導法」というのはどうでしょうか。
 私はこの先生を見て、教師を目指そうと思った。この
先生のよい所は、「生徒と共に考える。」姿勢だと思う。
⇒ここは表現を変更すべきでしょう。「私は真剣に指導してくださる先生に感動し、教員を目指そうと決意したのである。先生から学んだのは、『生徒と共に考える』姿勢である」としましょうか。
その姿勢によって生徒との信頼関係が生まれていた。私
もその姿勢を忘れずに、個々の生徒に合った方法で、生
徒の個性を伸ばしていこうと思う。
⇒最後は、「共に考える姿勢は、生徒の信頼を得るのに欠かせない。生徒との間に構築された信頼関係は、生徒の個性を引き出し伸ばす土台になるといえよう」とすればどうでしょうか。「と思う」の表現も多いので、力強さを込めて書きましょう。そして、最後の段落で締めくくりですから、masaさんの意気込みを書く方がいいですね。やはり考えなければならないのは、個性を伸ばすということの実態でしょう。生徒の悩みを一緒に解決することと、個性を伸ばすこととは少し違うと思うのですが、masaさんは、どう考えますか。何かに向いていること、生徒が本当に好きな道を一緒に探すことが、個性を伸ばすことにつながるのではないでしょうか。論作文に書かれた出来事を「個性を伸ばす」こととどう関連しているのか、説得力を持って書き直してくださいね。Sept.8,2005

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