私の目指す教師像

ジジさんの投稿へのコメント

 ともに成長し、それを発見する。これが私の目指すも
のである。
⇒1行目から主語がないのは、オススメしません。「それを発見する」の意味はわかりますが、ちょっと行き過ぎかも知れません。「生徒とともに成長し、それを愛情持ってみつめることが私のめざす教員としての態度である」でいいと思われます。また、次の段落の内容を先取りしますが、「生徒とともに成長し、それを書道を通してみつめることが私のめざす教員としての態度である」でもいいのではないでしょうか。そうすれば次の段落の1行目を削ることができます。
 私は生徒たちに、私の持っている力のすべてを伝えた
い。それは、私が幼い頃から続けてきた書道を通して、
生徒と生きていくということである。字というものは常
に変化し、人間や時間と同じで、二度と同じものを作る
ことができない。字はまさに今の生徒たち自身を表すこ
とができるのである。その日その時間によって、字はさ
まざまな形をとる。それは生徒の体調や心情を表してい
るのである。
⇒ワタクシにはなかなかに理解がおよびませんが、これが書道の書道たる所以なのでしょう。書の「道」の在り方が伝わってきます。書道家は、字を書く前に、半紙の前で数時間も考え込むときもあるそうですね。上の文章にもう少し手を入れるとすれば、「書き上げられた字は、それを書いた人の現在の状態を表現する。それゆえ、同じ字を書いたとしても見た目は同じであるが別物である。生徒の書いた字は、その時々の生徒自身の体調や心情を反映してさまざまな形をとり、書き上げられた字であるといえる」ということでしょうか。
 私は、書を学びながら生徒たちに今を感じてもらいた
い。一秒前の自分と一秒後の自分で何が違うのか、どこ
⇒ここは少し哲学的な議論になるのでしょうけれど、「一秒前の自分と一秒後の自分」の違いというのもありそうですね。先生から一秒間いわれた言葉に重みがあることもざらではないからです。
がどう変わったのか。字は、ほんの短い間でもどれだけ
          ⇒「字をみれば」でしょうか。
成長したのかをみることができる。生徒自身で自分の成
長を発見し、次につながる今を作ってほしい。そのため
には、生徒一人ひとりと向き合い、「楽しかった」「ま
た書きたい」と思えるような授業ができるよう、生徒た
ちとのふれあいを大切にしなければならない。書道をす
   ⇒上の書道論のような論述に対して、ここは一般論的になっていて、迫力が低下しているように感じます。
ることによって集中力が身につくので、自分の成長は自
       ⇒なぜ集中力が付くのか、1行で説明がほしいところです。それから、この文章は不自然ですので再考しましょう。
信につながり、やる気を生み出す。勉強やスポーツ、趣
味など何か熱中できることをみつけ、失敗しても諦めな
い最後までやり抜く力がつくよう、サポートしていきた
い。添削に関しても、私から一方的にするのではなく、
  ⇒ここで段落がほしいですね。
生徒とともに考え、自分で悪い箇所、良い箇所を発見で
きるように導いてあげる。そして、必ず全員とコミュニ
ケーションをとり、常に生徒と心をひとつにして授業が
できるようお互いに信頼し合えるクラスを作りたい。
⇒この段落では、書道を通してひとりの生徒の成長を見守ることと、集団を対象とした書道的教育とがないまぜになっているので、区別しながら論述した方がすっきりします。
 真剣に取り組めば必ず成果が表れる、自分は日々成長
                  ⇒「自分は」ではなく、「生徒に」とするべきでしょうか。
しているのだと感じてもらいたい。そして私自身も生徒
とともに成長し、どんな小さなことでも次につなげてい
けるよう発見する。これが私の目指す教師像である。
⇒最初に力みがみられ、しだいにそれがなくなってきている論調の論作文です。今を見つめる生徒個人の成長と書道の関係をしっかり書く方針を貫かれたら、一貫性が認められるように思えます。尻すぼみにならないように、最後まで迫力ある記述をしましょう。Oct.4,2005

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