いのち

さっちさんの投稿へのコメント

 いじめによる自殺や少年犯罪などが、現在の大きな社
会問題としてよく取り上げられている。真に悲しいこと
⇒「現在の」の位置が微妙に不自然です。また、「現在の」と、「よく取り上げられている」が同じ意味合いですので、ダブった表現のように感じられます。
であるが、家庭と地域社会とが手を取り合って子どもた
ちに生命の大切さを伝えていかなければならい。私が教
師になったら、次のようにして子どもたちに生命の大切
さを伝える。
⇒論作文上で「私が教師になったら」などと、仮定の表現をとる必要はありません。「私は教師として」ともう先生なのであるとしっかり書くべきです。
 以前私は、講師として小学校に勤務し、5年生を担任
していた。理科の授業でめだかについて学習することに
なり、育てていた。子どもたちは、進んでめだかにつ
いて調べ、毎日欠かさず世話をしてた。めだか元気が
ないといっては心配し、卵を産んだといっては大喜びし
ていた。そんな中、一匹のめだかが弱り始めた。子ども
たちは心配し、なんとか元気になるように、薬を水槽に
入れるなどして助けようとした。しかし、めだかは死ん
でしまった。
 私は、このめだかの死について子どもたちに考えさせ
た。めだかの墓を作って終わりにしたくなかったからである
このめだかの死について、「死んでしまってかわいそう
という子もいれば、「大切に育てられ、最後まで精一杯
生きためだかは幸せだったと思う」という子もいた。
みんな子どもたちはそれぞれに、めだかの死や命について考えること
ができた。さらに人の命の尊さについても考えさせた。
     ⇒「この体験から私は、さらに〜」としましょう。
そして、人の命を奪ったり、人の体や心を傷つけること
は絶対に許されないということを伝えた。
 ゲームの中で手軽に擬似的にペットを育てることさえできる今、
私は、本物の命ある生き物を通して生命の大切さをにつ
いて教えていきたい。そして、生き物だけでなく、人間
の命も大切にできるような子どもに育てていきたい。そ
のために、日々の学校生活においても、思いやりの心を育て、
温かい人間関係を築いていけるよう、子どもたちととも
に学びあい、喜び合い、励まし合いながら、ともに成長
していける教師になる決意である。
⇒コンパクトにまとまっています。めだかの死を通して命の大切さが語られており、よくわかります。しかし、ちょっと迫力に欠けるなあ、というのが、この論作文に目を通された方の読後感ではないでしょうか。厳しくいえば、「平凡」ということでしょうか。それを避けるため、たとえば、子どもたちのこうした「体験」を文章化し、あるいは文章化させ、飼育日記の最後につけて記録帳をつくるという提案はどうでしょう。「道徳の時間」があるのですから、その時間とどのようにリンクさせたのか、また、この「体験」のあと、子どもたちはどう変わったのか、心の動きの観察など、さっちさんが感じたことを盛り込むのもいいと思われます。

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