私の目指す教師像

さっちさんの投稿へのコメント

 誰にでも得手・不得手があり、長所・短所がある。そ
のような一人一人ひとりのよさを見つけ、伸ばしてやることが
教師の役割であると考える。
 このようなことを考えるとき、いつも思い出す先生が
いる。それは、以前私が講師として小学校に勤務してい
た時の学年主任の先生である。当時、小学校勤務が初め
てだった私は、授業や学級経営がうまくいかず、自信が
持てずにいた。そんな時だ。「先生の声は大きくてはっ
          ⇒「そんな時であった」としましょう。
きりしていて、まさに教師向きの声だね。」その先生が
                     ⇒「〜だね』。その〜」としましょう。
私に言ってくれた。声のことでほめられるのは初めてだ
ったので嬉しくなった。そして、大きな声で話だけでな
く、子どもたちに分かり易く話すよう努力した。また、
その先生は、私のどんな小さなよい点も見逃さずほめて
くれた。時には、アドバイスもしてくれた。私は徐々に
自信がもてるようになり、「次はこうしよう」と新そ
                         ⇒??、新しい目標ですか?
お目標を立て、頑張れるようになった。その先生は、子
どもたちに対しても同じようによさをみつけて、ほめな
がら指導していた。悪いことに対しては厳しく注意をし
ていたが、その中にもよさを見つけ、これからは気を付
けようと前向きに考えられるような指導をしていた。
⇒ここまでのところで、「私」をほめてくれた、「子どもたち」をほめていた、となっていますが、逆ではないでしょうか。「子どもたちをほめていた。私にもそうした態度で接してくれた」というのが現実でしょう。
 私は、この先生によって、よい点をほめてもらうと嬉
しくなり、自信がつくことに気づいた。だから私は、で
きるだけ多く子どもたちと話し、遊んだ。子ども一人ひ
とりのよさを見つけるためだ。また、ほめるだけでなく、
              ⇒「ためである。」としましょう。ワタクシは、基本的に「〜だ。」は使いません。
適切な助言ができるよう、教材研究に力を入れたり本
を読んだりして努力した。すると子どもたちは徐々に自
信を持って行動するようになり、子ども同士でよさをほ
め合う姿も見られるようになった。
 私はこの先生のように、子ども一人ひとりのよさを見
つけ、伸ばしていける教師になる決意である。そして、
子どもたちとともに、学び合い、喜び合い、励まし合い
がら、共に成長していきたい。
⇒よい点を評価する教育実践を中心に教師像が浮き彫りにされており、よい論作文だといえます。読んでいて詰まるところがなく、すっきりしていると思います。工夫すべき点を無理やりいえば、「どのような教材研究をするか」ですが、それは課題の中心ポイントではないので、1行ほどで説明すればいいでしょう。「遊び」にしても、講師経験でどのようなことをしたのか、これも1行書けばいいでしょう。

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