私の目指す教師像

みやさんの投稿へのコメント

 イソップ物語に、「北風と太陽」という話がある。あ
る日、北風と太陽が、ある旅人の外套を脱がせる競争を
する。北風は思いっきり強い風を吹かせ無理やり脱がせ
ようとする。旅人は外套を脱ぐどころか、強く押さえて、
抵抗する。太陽は暖かな陽射しを旅人に降り注ぎ、自然
に脱がせようとする。旅人は心を許し、自らすすんで外
套を脱ぐという話である。
⇒「北風と太陽」は、知らない人がいないので、説明はいりません。ここに費やす字数を、もっと効果的に使いましょう。
 太陽のようなやり方は、時間がかかるし、根気もいる。
しかし、生徒の心を開かせ、内面から変えていくことが
できる。私は、生徒がよりよい方向に自分から変わって
いくように、暖かな陽射しを浴びせ続けられるこの「太
陽」のような教師でありたい。
 「教師は夫婦のようなのが理想だ」と言う教師がい
              ⇒ワタクシは、「」の中では文末の句点を省略します。これは好き好きだと思います。
た。父のような厳しさと、母のようなやさしさで生徒を
育てると、生徒たちはうまく自分を表現できるのだとい
う。実際、私が副担任をしていたクラスでは、厳しい担
任に耐えられない生徒が、泣きついてきたことがあった。
じっくり話をして落ち着くと、担任の元に戻り、指導を
受け入れるようになった。
⇒ここはどうもわからないです。「教師」は、一人の人格の中で「父のような厳しさと、母のようなやさしさ」を兼ね備えることが大切、ということをみやさんにいいたかったのではないですか。上の段落では、「教師」が父で、みやさんが「母」という設定のように読めます。これではおかしいでしょう。
 現在、不登校や学級崩壊、いじめなど、学校現場は様々
な問題がある。優しく接するとなめられるし、厳しく接
             ⇒「なめられる」というのは微妙な表現ですね。「つけあがる」でもしっくりこないし、「手を焼くケースもあるし」くらいにしましょうか。
すると逆切れを起こし、ますます手に負えなくなること
   ⇒「逆切れ」はやめたほうがいいでしょう。ここでは『』付きでキレるでもいいかもしれません。なにかよい言葉があればいいのですが。
もある。生徒たちへの対応は一筋縄ではいかないから、
    ⇒ここは、「生徒に対する対応は」としましょう。また、「いろんなタイプの教師が必要」というのは、父親タイプ、母親タイプなど、多様な個性を持った教員集団が指導するべきであるということの帰結でしょう。しかし、これは先に指摘したようにマズイのではないかと思います。それと、このように書いてしまうと、教師「像」が分裂してしまう恐れもあります。
いろんなタイプの教師が必要だ。でも共通するのは、一
⇒様々な          ⇒しかし
人ひとりときちんと向き合っていくことである。価値観
                     ⇒このあたりで段落を設けましょう。
は違っても、歩み寄ることはできる。私は、生徒たちの
目線で見たり、共感する部分を見つけたりして、少しず
つ心を開いていくことでいき、信頼関係を築いていく。そし
て、他の教師仲間先輩の先生方協力しながら、生徒をよりよい方
向に導いていくつもりである。そのために私は、生徒の
      ⇒ここは「つもり」などと弱くいわないではっきり断言が必要です。
心に耳を傾け、見守りながら、じっくり時間をかけて心
をときほぐしてける「太陽」のような教師でありたい。
⇒結局、「『太陽』のような教師」の中身がいま一つわかりにくいですね。じっくり信頼関係を生徒と結ぶことのできる教師ということでしょうか。比喩の割にはパンチが効いていないようです。ということは、太陽としての教員的資質を2、3列挙すればいいのではないでしょうか。あたたかさや、天真爛漫さ、おだやかさ、めぐみ、などと、太陽から連想できる形容から考えてみるのもいいでしょう。だが、これは本末転倒なんですね。「理想の教師とはこのようなものと考える、それを一言であらわすと太陽である」とするのが本来でしょう。じっくり考えてみてください。

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