21世紀の教育について

たまごさんの投稿へのコメント

 21世紀の教育は、子どもたちの「生きる力」を育む教
育であると私は考えている。生きる力は人生において、
             ⇒この一行目、なんとなく不安定な感じがしないか。「教育は〜教育である」となっているので、不自然さも伴っている。「21世紀の教育に必要なのは、子どもたちに『生きる力』を育むことであると考える」でいいのではないか。
自らを支える力であり、自ら考え、判断する総合的な力
である。それは、子どもの良さや個性から育まれるもの
    ⇒ここも「生きる力とは、自ら考え、判断する総合的な力であり、今後の人生を支える核となる力といえよう」でどうか。
であるので、私は個性尊重の教育を実践して生きる力を
育みたいと考えている。
⇒「そうした生きる力は子どもの良さや個性から育まれるものなので、わたしは、冒険教育を通し、個性を尊重する指導を重ねていきたい」ぐらいでどうか。ところで、「よさ」って何ですか。道徳的な意味合いでいっているのですか。それとも、また別の意味なのですか。
 個性尊重の実践として、冒険教育の指導法を学んでい
            ⇒「私は、現在、」を挿入。 
る。冒険教育は集団でゲームを行い、活動を通して得た
             ⇒「など」を挿入。「活動を通して」は、「それを通して」でいいのではないか。
気づきを実生活にいかす体験教育である。例えば、「マッ
トの上に学級30人全員が乗ること。相談して目標時間
を定めチャレンジしよう」という課題解決型ゲームがあ
                       ⇒「〜ゲームで考えてみたい」
る。マットの上でピラミッドを作ったり、背中におぶっ
  ⇒「面積が限られているので」を挿入。
たりと試行錯誤がなされる。同時に、高い所が恐い子や
体重を気にしている子には精神的に無理をさせないよう
位置や役割などを工夫する。
        ⇒「自分たちで工夫するであろう」か。
 このように、冒険教育には、自分と全員をかけがえの
ない存在として尊重するという基本精神がある。私はこ
                     ⇒「自分と全員を」と書くのは落ち着きがない表現。自分を含め、学級全員を、か。それとも、自分が含まれることは自明であるから、「自分と」を削ってしまおう。
の精神を子どもたちに伝え、自分の存在の尊さを感じさ
せ、思いやりの心を育てたい。そして、子どもが自分ら
しさを認め、個性を発揮することができるよう温かく支
援する。子どもの素晴らしい個性を尊重し生きる力を
    ⇒「子どものもつ」とする。
育む教育実践こそが私の教師としての使命であると自覚
している。
21世紀の教育では、子どもたちの生きる力を学校・家
庭・地域社会の連携の中で育む必要がある。なぜならば、
子どもたちの個性は多種多様であるため、それぞれの個
性に合った活躍の場を与えてやることが大切であるから
である。個性がよりよく伸ばされるために、私は冒険教
育を実践したり、家庭と協力体制をとったり、地域の行
事に参加したりして、子どもたちを社会全体で育むよう
働きかける。私は子どもたちの生きる力を大切に育むた
め、子どもたちと共に歩んでいく決意である。
⇒この最後の段落、出だしを工夫しよう。すぐに3者連携を書くのではなく、「冒険教育を効率よく実践していくためには、家庭や地域の協力が必要」、という文脈で、家庭や社会の教育的役割に切り込めばいいでしょう。全体を貫徹して、冒険教育に的が絞られているのが読んでいてよくわかる。ひとつのテーマを深く具体的に描こうとしていて好感がもてる。あとは、それを確実に客観的に表現する力を磨こう。千里の道も一歩からである。

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