私の目指す教師像

タカシさんの投稿へのコメント

 私が教師になりたいと考えた一番の要因は、自ら感じ
                ⇒「要因」ではなく「理由」としましょう。
た学ぶことの面白さを生徒に伝えたいからです。ですの
で私はこのことを達成するためにいつも考えていること
が二つあります。それは生徒を中心にして物事を考える
      ⇒「ですので〜二つあります」は不自然な感じがします。
こと。もう一つは自分自身たえず勉強することです。
⇒はっきりいって、びっくりしました。なにがかといえば、採用試験論作文を「ですます体」で書くことにです。タカシさんは、「論作文道場」の他の方の投稿をお読みになりましたか。一人も「ですます体」で書かれている方はいらっしゃらないはずです。投稿する勇気と意欲は買いますが、基本的なルールを押さえていらっしゃらないといわざるをえません。次回からは必ず「である体」で記述しましょう。
 前者は、私がはじめて講師として勤務した中学校の校
長先生に言われたことなのですが、「先生の考えている
ことは正しいのかもしれないが、その生徒に対しては間
違っているのかもしれないのでよく生徒のことを考えな
さい。」といわれました。私ははじめ軽く聞き流してし
まいましたが、あとでその意味をよく考え校長先生
に何を伝えたかったのかをよく考えました。そして私なりにそ
               ⇒この文章には目的語が2つあります。よく読みなおしましょう。
の意味の答えを出し現在もそうだと考えています。私の
考えは生徒に対して間違っている考えはその他のところ
で通用しても教師としての考え方ではないというのももの
す。ですから私は担当している生徒は常に観察し、その
 ⇒この、「私の考えは生徒に対して間違っている考えはその他のところで通用しても教師としての考え方ではないという」もの、は意味不明です。なにがいいたいのか、採点官は苦しむでしょう。実際に校長がいった言葉は、なにについていったのか、その教育現場での事実を書いてもらわないと雲をもつかむ話です。読んでいる方は、なにがいいたいのかさっぱりわかりませんよ。
生徒に一番良い指導が出来るように心がけています。
 後者のたえず勉強するというのは、最初に述べた学ぶ
ことの面白さを常に自分で感じているということです。
         ⇒「勉強する」ことは、「面白さを感じているということ」なのでしょうか。表現を工夫しましょう。
私の体験を生徒に話してもその話が何年も前のことでは
 ⇒「体験」なのですか、「勉強」なのですか、タカシさんの「面白い体験」を増やそうということなのですか。それはそれで意味のあることですけれど、教員個人の持つ学力や豊富な知識とは違うものではないでしょうか。
その話は色あせたものになってしまいます。しかし常に
面白さを感じるように努力していれば、その話は新鮮で
生徒に与える影響や説得力も違うのではないかと考えて
いるからです。それに勉強していると今までの指導方法
だけでなく方向からの指導が可能になり生徒もよく理
解できるのではないかと考えるからです。
⇒指導法のところも、具体性がなくよくわかりません。たとえば、いま、タカシさんが活用している指導法はかくかくしかじかで、新しくとり入れてみようとしているのはこれこれこういう指導法である、と書かないと、これまたよくわかりません。
 以上二つのことを私が目指す教師像の核としてやって
いきたいと考えています。そしてもっと良い考え方やア
⇒「やっていく」というのは、なにをやっていくのですか。正確に書きましょう。
ドバイスを受けたら素直に受け止め自分の考えを修正し
よりよい教師を目指し努力していきます。
⇒全体的に具体性がなく、なにがいいたいのかよくわかりません。具体性は、「ここまで書いていいんかなぁ」と反省するくらい踏み込めばいいと思います。それを添削してもらい、論作文の「あたり」をつけることが大切でしょう。校長先生の言葉について上では指摘しましたが、そのほか、たとえば「面白い体験」だとしても、どんな体験なのか、書いてみてください。なにが色褪せて、なにが新鮮なのか、具体的事例を挙げないと理解できないのです。それから、「教師像」の「像」がみえてきません。おぼろげでもいいので、読んだ後に人物像が浮かび上がるような記述が望まれます。

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