私の目指す教師像

めろんさんの投稿へのコメント

 私は、生徒や保護者から信頼され、生徒1人ひとりの
個性を伸ばせる教師を目指す。その具体策を以下に述べ
る。
⇒最初に「保護者から信頼され」とありますが、以下、読んでいってもそのことについての記述がありません。
 第1点目に、魅力ある授業をする。私の恩師が言って
  ⇒たんに「第一に」でいいでしょう。
いた。「教師が信頼されるかどうかは、何よりもまずそ
の教師の授業に懸かっている」と。確かに恩師の授業は、
⇒このままでもいいですが、「私の恩師は、『教師が信頼されるかどうかは、何よりもまずその教師の授業に懸かっている』と常に注意を下さった」でどうでしょうか。論作文中における敬語表現について述べますと、ワタクシは、この位ならよいのではないかと考えています。恩師の話を出すときには、尊敬の念からこうした表現になるはずです。逆に、敬語表現がない方が不自然に映ります。微妙な点ですが、みなさんはどう考えていらっしゃるでしょうか。
常にわかりやすく、楽しい授業であった。生徒の反応を
見て、臨機応変な展開、示唆をしてくれた。今思うとさ
               ⇒「示唆を与えてくれた」でしょうか。
ぞ、恩師は教材研究や生徒理解に力を尽くしていたか察
することができる。
 私も恩師のような魅力あふれる授業を展開したい。テ
                              ⇒文章のつながりを正確にするため、「〜展開したい。それゆえ、恩師の方法論に学びつつも、テ ィームティーチングや〜」としましょう。
ィーティーチングや習熟度別指導を取り入れ、1人ひと
りが基礎基本を身につけ、着実にステップアップできる
ような授業を目標とする。また、私は生徒みんな全員を英語
好きにしてしまうような授業を行いたい。そのような授
業は、信頼を築くだけではなく、生徒の苦手科目克服に
もつながり、さらには学校が好きになるきっかけにもな
ると思う。
⇒安易に「また」で文章をつなげていますが、しっくりこない感じがします。習熟度別指導などをとり入れることと「好きにしてしまう授業」とはどのような関係があるのでしょうか。それに、希望はよくわかるのですが、「全員を英語好きにしてしまうような授業」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。このように書いてしまうと、必ずどんな授業なんだろうと突っ込まれてしまいますよ。翻って考えてみると、習熟度別は能力別編成ですから、生徒を成績で区分けせざるを得ません。その区分けを実際のところ生徒はどのように感じるものなのでしょうか。習熟度別で変な劣等感を抱き、学校が嫌いになるかもしれません。ワタクシは習熟度別は「両刃の剣」だと思っています。
 第2点目に、ほめ上手な教師になりたい。とかく日本
ではほめること、ほめられることが欧米に比べて浸透して
いない。私は留学などの海外生活の中で、ほめることの
⇒「浸透していない」のですか。どうなんでしょうね。
重要性を知った。ほめ上手な教師や友人から、私は苦し
いときどんなに励まされ、自信を与えられたことかはか
り知れない。生徒は皆違った個性を持っている。生徒の
持っているたくさんの美点を見つけ、ほめることによっ
            ⇒「美点」でもかまいませんが、普通、「長所」、「よいところ」でしょう。
て自信を与えたい。なぜならそれがその生徒の個性とな
り得るからである。
⇒励ましとほめることとは一緒ですか。また、「ほめることによって自信を与えたい。なぜならそれがその生徒の個性となり得るからである」というのは、理由付けになっているのでしょうか。「生徒の長所を発見し、それを伸ばしていくことが個性的な人間性を養うこととなる。私はこのように生徒を見つめ、指導していく」ということですね。
 私は豊かな心と素晴らしい個性を持った生徒を育める
   ⇒「豊かな心」とはなんでしょうか。「私は、〜というような豊かな心と〜」というように、1行で書きこんでください。
教師になりたい。そのためには、自分自身も教師である
前に人間としてそれを常に持っていられるように、自分
に課題や目標を課し、研究と修養に努め、日々前進する
 ⇒この自己設定された「課題や目標」の内容はどのようなものでしょうか。
教師になる決意である。
⇒論作文は本当に難しいですね。800字の論作文といえど「生まれ変わる気持ち」で取り組まないといけませんね。まず、構成をしっかり立てましょう。最初と最後で違うことをいっていても困りますし、最初に提起した問題に対し、「結論」を書いていなければ整合性がとれません。また、一つひとつの言葉に敏感になり、吟味して使うようにしましょう。

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