私の目指す教師像

やまさんの投稿

 学校は、教師と生徒の両方がいてはじめて成り立つの
          ⇒書くとすれば「両方存在し」でしょうか。ただ、こうしたことは当たり前のことなので書く必要はないでしょう。
であり、教師として教科指導と学校生活の中で、生徒の
   ⇒「教師たる私は教科指導と〜」としましょう。
人格形成の援助をしていきたいと考えている。
⇒テーマが教師像なので、それに即した第一段落にする必要があります。
 体育の授業では、運動ができるできないがはっきり出
てしまうことがある。少しでも運動ができるようになり
授業に積極的に参加できるようにするには、生徒が自分
たちで考え、活動する時間を設けてやることが必要であ
る。このとき生徒にとって大切なのは、失敗を恐れずに
挑戦することであり、教師にとって大切なのは、技術的
な指導はもちろんであるが、生徒の可能性を信じて励ま
すことである。私は中学生のとき、鉄棒のけ上がりがで
   ⇒道場の注意書きにも提示していますが、「教師」という言葉は極力使わないほうがいいです。教育の主役意識を表現するには、「教師を目指す私」などと「私」を主語にした方が、好感がもてます。
きなかったが、先生が「いいぞ、あと少しだ」と励まし
て下さった。友人は、何度も見本を見せてくれたり、コ
ツを教えてくれた。そして三回目の授業で完全にできる
ようになった。この経験から、教師の力は偉大であるが、
             ⇒「適確な指導とともに、それ以上の〜」とつなげましょう。
それ以上の力が必要となったときには、生徒の力が多大
な影響をおよぼすということを感じたのである。
 生徒は教師をよく見ている。教師の姿勢がそのまま生
徒に映し出されるともいわれるので、厳しさの中にも愛
情を持ち、毅然とした態度で生徒に接しなければならな
いのである。生徒と同じ目線で考えること必要なとき
もあるかもしれないが、そうすることによって分かった
ことを教師の目線に戻して判断し指導することも大切で
ある。ただ、教師と生徒は「人と人という関係でもあ
るので、授業以外の場面では、お互い興味のあることや
趣味などについて話すことで、違った教師の姿を見せる
ことができるのである。高校のときの担任が、私と同じ
⇒人間と人間の関係であることと、「違った教師の姿」を見せることとが直接つながりません。教員の人間性から生徒に多様なアプローチができるということですね。
歌手が好きでファンクラブにも入っていると聞いてとて
も驚いたけど、先生との距離が近づいたと思ったのも確
かである。
 教師を目指す私は、生徒の人間的成長、人格形成に大きな影響力
を持っていることを自覚しなければならない。自己修養にはげみ、現状に満足せず生徒
とともに成長していくことが大切なのであると考える
⇒読みやすく、まとまっていると思います。しかし、それは教科指導に関してです。人間形成については「ファンクラブ」のことしか書かれてなく、これでは不足です。ということは、どちらかに絞ることもできますよね。字数を考えて、そして教師像の「像」を出すためにも、教科指導を掘り下げて自分の将来像を提示してはいかがでしょうか。友人の励ましについて書いているところや、同じ視線で考えた後、再度自分の中で考えなおすことなど、教員として不可欠の資質がうまく表現されています。そうした点を生かした論作文に仕上げてください。

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