21世紀の教育について

源氏さんの投稿へのコメント

 21世紀は、情報化および国際化が著しい社会である。
                 ⇒細かいですが、「今以上に著しくなる」。
子供達には、変動の激しい社会に対応しつつも、自らに
   ⇒これは「子どもたち」と表記する。
ふさわしい生き方を選択してゆく力が必要とされる。私
上記の力を養う一助として、生徒が個性を積極的に表
  ⇒こうした力
現する場を多く取り入れたいと考える。
               ⇒「(激動の社会の中で自分にふさわしい生き方を選択する力)>(個性を表現する力)」という構図ははたしてそれでいいのかどうか。そういえなくもないが、少々不安定に感じるのはワタクシだけだろうか。
 国語表現の授業で、課題指定小論文を書かせたことが
ある。生徒達は、論文の形式を気にしすぎ、文章を書く
    ⇒上では「子供達」とあるのに、ここでは「生徒達」となっている。中高生が教育対象の時には「生徒」を使う。
ことを苦痛に感じた様子であった。前回の反省をもとに
     ⇒感じていた様子     ⇒その
次の授業では、自己紹介文を自由に書かせた。文章が苦
手な生徒は、一部を絵で表現することも許可した。結果、
                    ⇒その結果
力作が揃ったため、名前を伏せ全員の文を縮小したプリ
ントを後日に配布した。生徒達は、友人の顔を想像しな
がら熱心に文を読み、目を輝かせて批評しあっていた。
 以上のことより、子供達は自他に敏感な感性を持っているこ
          ⇒生徒たち
とを実感した。同時に、私達はその感性を良い方向に伸
    ⇒この自他云々の文章、表現工夫されたい。
ばせるように砕心しなければならないと痛感した。その
      ⇒「砕心」というのは一般的に使う言葉なのですか。
取り組みとして、生徒の心に触れた詩や文章、あるいは
        ⇒「生徒が心の内を鮮やかに表現した詩や文章」としてみましょう。
スピーチや演技などを発表する時間を提案したい。発表
後、クラス全体で評価しあう。評価は、自分なりの工夫
が感じられ、聴衆が興味をひかれたかをポイントに行う。
      ⇒「聞いているクラスの諸君が」などと変えてみたいところ。
 加えて、生徒が再度挑戦する場を設けたい。次の発表
                  ⇒「再度挑戦」というニュアンスは、発表の場が同じであるはず。甲子園で負けたから、借りを甲子園で返す、というのが、「再度挑戦」ではないのか。「次の発表の場」をどこか違う場所にするなら、その説明をしっかりするべきでしょう。その場が「公共施設」であってもいい。だが、それは「再度挑戦」ではなく、新しい意味合いの、いわば一歩進んだ挑戦でしょう。
の場は、異なる年齢層や外国人が多い公共施設が望まし
いと考える。様々な意見を聞き、視点や感じ方の違いを
受けとめ、相手を理解する機会を広げるためである。後
日、多様な助言を反芻することで、生徒各自が自分の肥
         ⇒し、
やしとなるものを発見する時間をとるよう心掛けたい。
 複雑化する社会のもと、21世紀の教育には、社会全体
で次世代を育てようという姿勢が一層求められる。大人
の知恵や文化を子に伝え、子の感性に大人が刺激さ
             ⇒「みずみずしい子どもの感性」とでもしようか。
れる。このような学びあいの場を広げるためにも、私は
上記にとどまらず、教育現場での取り組みに全力を傾け、
 ⇒国語表現における指導の工夫にとどまらず、
試行錯誤してゆく覚悟である。
⇒まとめのところはいいね。国語表現をきっかけに、生徒の個性を伸ばしていく他の方途を考える源氏さんの姿勢が見えてきます。

論作文道場へ  もとの文章へ  トップページへ

浩の教室・トップページへ