私の目指す教師像

かたばみさんの投稿へのコメント

 私は、常に生徒の手本となり、生徒とともに行動する
 ⇒「私」なのか「わたし」なのか、統一しましょう。
教師を目指す。以下、私の経験を具体的に述べる。
           ⇒この第1段落は、もう数行ほしいですね。それから、全体で8段落は多すぎます。4段落を基本に、内容を考えて増減しましょう。「以下、私の経験を具体的に述べる」は、「以下では、私の経験から、目指す教師像を描いてみたい」とした方がいいでしょう。または、「私は、常に生徒の手本となり、生徒とともに行動する教師を目指している。このことを中学校における講師経験から学んだ」でどうでしょうか。
 私は代替教師として中学校に勤務している。私は清掃
 ⇒ここは、「中学の理科担当講師である私は、教科指導のほか、トイレ清掃の指導を任されていた」くらいでいいかもしれません。決して間違いではありませんが、「代替講師」という表現はあまりオススメできません。
区域分担で二年生のトイレの担当となった。トイレ清掃
に当たった生徒は、トイレは汚いからという理由で、ま
じめに清掃に取り組もうとしなかった。(ここの段落をとる)だから
(ツメル)私は毎日生徒に対し、ちゃんとそうじをするように、
           ⇒「ちゃんと」ではなく「しっかり」と表記する必要があります。話し言葉は極力使わないべきです。なお、太字・下線部は後の指摘と関連します。
だけ頭ごなしに注意してきた。しかしトイレは美しく
清掃されるどころか、汚くなる一方だった。(ここの段落をとる)
(ツメル)後日、わたしは同じ学校の教諭から注意を受けた。(ここの段落をとる)
                  ⇒先輩の教諭、あるいは同僚としましょうか。
(ツメル)「清掃は生徒にだけやらせるものではない。生徒はやれ
と言われてもどう動いていいかわからないものだ。教師
が自ら用具を持って、生徒とともに清掃に取り組むこと
が大切だ(ここの段落をとる)
⇒この「注意」の意味を点検しなければなりません。下の指摘とかかわります。そんなに今の中学生は「どう動いていいかわからないもの」なのでしょうか。中学生と接することのあまりないワタクシの認識不足なのでしょうか。
(ツメル)私はこの言葉をまっすぐに受けとめ、翌日から率先し
て清掃をした。まじめに制相違取りかかろうとしない生
           ⇒「清掃にとりかかろうとしない」のまちがいですね。
徒に対しては、まず私が清掃用具の使い方と清掃の仕方
を手本としてみせてから、やってみるように指導した。
その成果があってか、トイレは美しく清掃されるように
なっていった。
 わたしこのトイレ清掃のことから多くのことを学んだ。物
                   ⇒「多くのこと」というのは、読む側として多少ひっかかります。
事に対して消極的な生徒に対して、決めつけたように叱
     ⇒「対して」が重なっていますので、表現工夫しましょう。
しない。生徒が消極的なのは、ただ怠慢からだけと
は限らず、物事への取りかかり方がわからないことも考
         ⇒「取り組み方」ですね。
えられるからである。そのためにも、まずは生徒の中に入っ
ていき、自らすすんで行動をとることで手本を示す。次
に、生徒が前向きに行動をとるのをあせることなく待つ。
⇒微妙にわからないところがあります。「物事に対して消極的な生徒」とありますが、トイレ清掃に限定して消極的なのではないですか。つまり、学校教育活動すべてにおいて消極的ではないと思われるのです。問題はその生徒のもっている「トイレは汚いから(掃除を)やりたくない」という意識・気持ちでしょう。おそらくは、清掃の仕方がわからないのではないのじゃないかな。家庭において保護者が掃除をしているところを1度や2度はみているはずですし。生徒たちは「ただ怠慢からだけ」トイレ掃除をしたくないとワタクシは思うのですが。いいすぎでしょうか。もし、そうでないのなら、その理由をわかるように書いてください。
 教師の指導の方法によって、生徒の成長は大きく左右
するされる。私は教師として、生徒と常に同じ目線で接し、
にたって模範的行動を示すことを念頭におき、日々努力する決
意である。
⇒今日、小中学校のトイレ清掃を業者に任しているところもありますね。だから、掃除の仕方のわからないケースがあろうことは推測できます。ですから、率先して、かたばみさんが模範を示すのは賛成です。そのうえで、「意識の問題」であると注記しました。たとえば、教室の掃除の仕方も他の先生が指導されているのでしょうけれども、それほど「やりたくない」といい張る生徒は少ないのじゃないでしょうか。かたばみさん自身が「トイレ清掃に当たった生徒は、トイレは汚いからという理由で、まじめに清掃に取り組もうとしなかった」と書いています。この論作文の根本ですので再度考えてみてください。「手本」にはじまり「手本」で終わっていますね。イイタイコトが一点あるというのはいいことです。しかし、全体を通して読むと、繰り返しこのことが述べられていて厚みの感じられない論作文にみられるかもしれません。最後の2段落はまとめてしまいましょう。Nov.3,2002

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