私の目指す教師像

なるさんの投稿

 私は児童一人ひとりとともにあり、ともに考え、とも
に成長していく教師でありたい。そもそも私が教師にな
りたいと思ったのは、小学校の恩師の影響である。
 私は集団の場で発言することを苦手とするおとなしい
子どもであった。しかし、先生の授業では常に全員が挙
手することを求めており、わからない質問でも「わかり
ません」と反応する決まりがあった。そのため、全員が
発言できる雰囲気が作られており、引っ込み思案の私で
も自分の意見が言えるようになるまで時間はかからなかっ
た。また、その雰囲気が作り出された要素は、机を教室
の中心に向け壁に沿ってコの字型に2重に並べるという
独特の配置にもあった。これにより、児童はお互いの表
情を見ながら学び、わからないところを教え合えるよう
になっていた。そのため、「わからない」ことは恥ずか
しいことではないという認識ができあがっていた。私は
このように全員が授業に主体的に取り組むことを重視し、
児童が互いに助け合える雰囲気を持つクラス作りが出来
る教師を目指す。
 また、先生のことを考えるときに必ず思い出すことが
ある。私はクラスの中でも目立つ子どもではなかった。
ある時自分でも理由がつかめないが勉強が嫌いになり、
少しずつ成績が落ち始めた時期があった。そんな時、先
生は放課後誰もいない教室に私を1人呼び「最近何かあっ
たのか」と聞いて下さった。私は自分の些細な変化に先
生が気づいて下さったことに驚いたが、理由などなかっ
たため適当に答えることしかできなかった。それからし
ばらくして先生は「みんなが直接言いにくいことを書い
てください」と日記を始めた。私のように言いたいこと
を言えない子どもに対する配慮だと思い嬉しかった。そ
して、放課後日記を出すと次の日には赤いペンで必ず返
事が返ってきた。
 今もこの日記は私の大切な宝物である。先生は忙しい
毎日の中でクラス全員の日記を読み、稚拙な表現を汲み
取ってあたたかい言葉で答えて下さった。私の理想は今
もこの恩師である。この先生のように児童のことを一番
に考え、児童とともに歩んでいける教師でありたい。

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