私の目指す教師像

Makotoさんの投稿へのコメント

 私が目指す教師像は、「人として生きる喜び」を伝
えることができる教師である。私は「人として生きる喜
び」とは、自分が欠けがえかけがえのない個として生きる喜びと、
自らを他者のために活かす喜びであると考える。
⇒気持ちはわかるのですが、「人として生きる喜び」と括弧でくくる必要はないでしょう。ふつうに括弧を使わず地の文として処理して下さい。
 では、教師としていかにして、生徒に「自ら生きる喜
び」と「自らを他者のために活かす喜び」を育むかを述
べたい。
⇒ここまでをひとつの段落にまとめましょう。
 まず第一に、生徒一人ひとりの個性を認め、その存在
 ⇒「まず」と「第一に」は重複しています。どちらか削ってください。
を肯定する教師になる。生徒達は、「自分探しの旅」の
中、悩み、自信を失うことも多いだろう。そんなそうした生徒一
  ⇒「悩んでいる」でいいでしょう。自信を失う云々は不必要です。
人ひとりの良い面を見つけ、生徒が自らの個性を見出し、
喜びと自信を持って生きていけるよう、親身になって手
扶け助けをする。そのために、「心のノート」の交換を実践
し、生徒一人ひとりとの一対一のコミュニケーションを
重視したい。
⇒心のノートにおいてどのような応答が交されるのかは個別的であるとしても、方向性を示してほしい。道徳指導、生徒指導、そのほか、どのような思いを込めてMakotoさんが取り組もうとしているのか、書くべきです。
 次に、生徒に、自らの個性や能力を、他者との関わり
の中で発揮する喜びを伝えていく。そのために、総合的
な学習の時間での、学習成果を、ホームページ上で発
表していく取り組みをしたい。それにより、生徒は自ら
     ⇒ここでいう「学習成果」とはなにか、2行ほどで説明し、組み込んで下さい。そうでないと、なんのことかわかりません。
の能力が、他者に対して有意義なものになり得ることを
実感し、他者のために自らを活かす充実感を得ることが
できると考える。
⇒たしかに「実感できる」総合学習はできるでしょうが、具体的説明がないので、「実感」する対象がわかりません。つまり、採点官が「なるほどこうした総合の取り組みなら生徒は実感するだろうなあ」と思わせるように記述しないとけません。
 また、KJ法によるシェアリングや、問題解決のため
のグループワークを積極的に取り入れたい。それによりそうすれば
生徒は自分一人ではうまくいかないことであっても、他者との協
力により、うまくいくことを発見し、また逆に、自らが
集団の中で、欠けがえかけがえのない個性を発揮しうる、という
ことに気づくことができると考える。
⇒この作業をして、かけがえのない個性が発揮される、と説明されてもよくわかりません。
 このようにして、私は、「個性ある存在として生き、
また他者に生かされ、自らを他者のために活かすことの
喜び」、つまり「人として生きる喜びを持った人間を育
成するため、全力を投ずる決意である。
⇒論作文全体を通していえることは、盛り込み過ぎ、ということです。いっぱいいっぱい、あれもこれも書きたい意欲があらわれている一方、考察が表面的になっており説得力が弱くなっています。個々の注意において、ワタクシが「わかりません」と書き込んでいるのはこのことを示しています。論点を2つほどに絞って、掘り下げていくような構成と記述が求められます。勉強すればするほど、書きたくなる内容が増えます。これはいいことです。しかし、それらを羅列、ばらばらに書くのは困ります。再考して下さいね。Jan.17,2003

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