私の目指す教師像

アメリさんの投稿へのコメント

 私は子どもの視点に立って、学ぶことの楽しさを伝え
ていける教師を目指している。
⇒初っ端から結論的に書く書き方よりも、第1段落は、以下に続く内容になにを書くのか、なぜそれを書くのか、といった視点の明示に費やしましょう。
 私は高校に入ってすぐの頃、数学の授業でつまずいた
経験がある。当時は授業についていけない辛さと劣等感
で一杯の毎日だった。しかし、その時の数学の先生はど
んなに忙しくても生徒私たちからの相談や質問を快く聞いて下
さる方だった。複雑な文章題を身近な例に置きかえたり、
時には「難しいなあ」と一緒になって取り組んで下さっ
たりした。先生からは常に「生徒の目線」で接しようとする姿
⇒「たり」は対句で使用します。「〜したり、〜したり」と使います。
勢が感じられた。授業の後にはチョークで真っ白になっ
た手で、一人ひとりの質問に丁寧に答えられていたこと
を覚えている。私は先生の親しみやすい雰囲気や、共に
     ⇒「授業の後は〜覚えている」の文章には若干違和感を感じます。「一人ひとりの質問に丁寧に答えられ、説明し終わった手は、チョークで真っ白になっていたのが印象的であった」のほうが自然です。「一人ひとり」の「一人」は数字でも、漢字でもいいですが、漢字がベターですね。
学ぼうとしてくださる姿勢に励まされ、徐々に苦手意識
を無くしていくことができた。この学びの過程で味わっ
 ⇒克服
た「分かる」喜びは今でも忘れられない。
⇒ここまでの叙述で、敬語表現の問題がでてきます。恩師の先生には、自然と尊敬の観念があるものであり、ワタクシは、たとえ採用試験の論作文であっても、ここに書かれた程度の敬語表現は許されるべきであると考えています。しかし、常体を遵守すれば、敬語表現は不必要ともいえます。どちらをとるべきかは、各自の判断になります。
 私はこの経験からに感動し、子どもの視点に立って共に学びに
取り組む教師の姿勢は、子どもを励まし、つき動かすものだ
と感じた。子どもが学びの中で「分かった」という喜
                   ⇒「!」は使用不可です。やめましょう。
びを味わい、自分に自信を持って伸びていけるよう、私
は以下のような実践を行っていきたい。
⇒「以下のような実践」を書き切るには、もう字数不足だと思います。このことを書くには、300字は必要でしょう。
 まず、子どもが自分の疑問や不思議に思ったことを言
いやすいクラスの雰囲気を作っていく。私自身が子ども
たちの発言をじっくり聞く姿勢を示すことは勿論、「間
違うことも大切な勉強だよ」ということを伝え、安心
して自分を表現していける環境を作る。子どもの声を反
映した授業作りをしていきたい。
 そして、学びの中で子どもたちの良さを見つけたられば、
から褒めることを心がけたい。どんな小さなことでも、
それを褒めることが子どもの学ぶ意欲の増進や、自分の自信につながると考
ているるからである
 「教えることは学ぶこと」をモットーに子どもから多
くを学び、還元してく教師でありたいと考えているが私の目指す教師像である
⇒最初の2行が途中で繰り返されていることからしても、トップに据えるのは不安定な印象です。書き出しに注意すればよくなります。構成の問題ですね。「実践」をどう処理するかが次のポイントです。経験談をもう少し圧縮し、バランスをとりましょう。それから、「疑問や不思議に思ったこと」の前に、「教科教育における」をつけるといいかもしれません。クラス作りのすすめ方は、「学級経営」の問題として大きなテーマです。これで1つ論作文を書く練習もしてみて下さい。余談ですが、映画『アメリ』を今度見てみますね。Mar.3,2003

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