私の目指す教師像

水仙さんの投稿へのコメント

 現在、学校では、校内暴力や不登校など、様々な問題
が起こっている。その原因は何か。私は、従来の教育が
子ども達にとって窮屈なものだったからだと考える。
⇒段落が多い印象があります。200字1段落が基本です。
 「こうなのです」と教えられる詰め込み学習。こういっ
                   ⇒体言止めはやめましょう。
した画一的な教育の中では、子どもの個性は全く芽を出さ
ない。個性を出そう発揮しようとすれば、周りから変わり者扱いさ
れ、いじめが起こる。そして不登校が起こる。
⇒ふつう、従来(1980年代)の学校教育にあっては、詰め込み教育→理解できない→記憶ばかりで勉強がいや→不良化、という筋書きではないでしょうか。勉強をするという主体的な姿勢を見せることが、現在では「いじめ」の原因になっていますね。「まじめ」を嫌う風潮です。
 子どもは無限の可能性を秘めているはずである。しかし、
                   ⇒ワタクシ、個人的に「だ」は嫌いです。これは趣味の問題ですので、あえて直す必然性はありません。
彼らは決められた枠の中でしか生きられない。それによ
る苛立ちが、校内暴力や非行として表れているのではな
いだろうか。
⇒「決められた枠の中」というのは、イメージ的に理解できるのですけれども、実際、どんな枠なのでしょうか。尾崎豊的世界なのでしょうか。
 よってしたがって、私は、こういったした画一的教育の枠を外し、子
ども達の個性を大いに伸ばせてあげられるような教師
                        ⇒を目指している
なりたいそして、今ある学校問題に真剣に取り組んで
     ⇒この「そして」以下の一文はいらないでしょう。すでにうえで書かれています。
いきたい。そのためにも、まず、子ども達と接する機会
を多く持ち、一人一人ひとりの個性をしっかりと把握したい。
⇒このように把握したいと書くだけでなく、そのためになにを教師として実践するのか、を示しましょう。
 そして個々の個性を尊重するとともに、子ども達に
とって、一番の理解者でありたい。決して子どもの考え
を完全に否定することはせず、大きな器で受け止めてや
れるような教師でありたい。
⇒この段落はうえの段落とまとめてしまいましょう。
 そうすれば、子ども達は、自分の個性に自信を持つと
                ⇒個性とは「自信」をもつようなものなのでしょうか。
ともに、他人の個性も認めるようになるのではないだろ
うか。子ども達がお互いに個々の個性を持ちながら、の
びのびとした学校生活が送れるようになるのではないだ
ろうか。現在では、様々な精神的負担を抱えて生きる子
ども達が大勢いる。そんなそうした子ども達を1人でも救ってや
りたい。
 教師とは、人間を育てるという非常に責任のある仕事
だと思う。それだけに苦労は大きい。しかし、やりがい
⇒「教師とは、〜と思う」は削りましょう。書くとすれば、「私は人を育てるという非常に責任のある仕事に携わっていることを胸に刻まなければならない」とでもしましょうか。
はある。子ども達が学校でのびのびと暮らすことを通し
て、彼らの中に秘める可能性が最大限に伸びてくれたら、
どんなに素晴らしいことであろう。だからこそ、大変な
           ⇒ここで「であろう」と願望を書いても仕方ありません。そう支援するための実践をうえで書いてきたのですから。
仕事ではあるが、私はこの仕事に魅力を感じるのだ。
⇒後半は失速した感じですね。どうも書く内容が「尽きてきた」ように読めます。繰り返しの表現が目立ち、主張の具体的裏付けが薄いです。「論作文道場」の注意事項をよく読み、かつ、他のかたの書いた論作文に対するワタクシの講評を読んで検討し直して下さい。まねるのではなく、参考にしつつ自分なりの論作文を仕上げましょう。基本的なところから再出発しましょうか。次回を期待しています。Mar.3,2003

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