学校週5日制と学力低下について

世界史オタクさんの投稿へのコメント

 学校週五日制の実施にともない、授業内容と時間が削
                 ⇒「授業時数とそれに応じて内容が削減された」でどうでしょうか。
減された。これはこうした削減が、保護者が生徒の学力低下を危惧する保護者の
由になっている。私は内容や時間の削減が必ずしも学力
低下に結び付くとは思わない。学力を測る基準が知識の
             ⇒「学力を測る」の前に、「答申でも議論されているように」の語句をいれるかどうか。
量ではなく学ぼうとする力、つまり学習意欲にあると考えるからである。重点をおきた
                             ⇒「私は、その力の養成に」を挿入します。
と考える学習意欲を高めるためには、生徒が己の課題に
向き合う時間のゆとりが必要である。その時間が確保さ
⇒この文章のように、「〜が〜が」と、一文中に「が」が複数あると、美しくないです。すらっと読めるよう工夫する心をもちましょう。
れた今日、私は以下の実践を行いたい。
⇒「ゆとりが確保されるようになった今日」と、表現を穏やかにしましょうか。
 私は授業に絵画史料を教材に取り入れ、生徒の疑問を
大切に尊重した授業を行う。このように考える理由は私の教
育実習の反省に根ざしている。授業中に私から生徒へ発
問をしてみて、互いの温度差を感じたのである。生徒は、
なぜこの発問内容が重要であるかを知らないという意味
で私と同じ土俵に立っていないのである。絵画史料それ
⇒この文章は、一読して意味がとりづらいですね。「私が質問として重要な問いかけをしているという質問そのものの意義を、生徒は理解していないという意味で、同じ土俵に立っていない」ということでしょうか。しかし、いってみれば、その違いがわかるくらいなら、指導はいらないのではないですか。教科内容に照らして設問を練った、先生の意図をまで理解せよというのは、行き過ぎだと思います。
自体は生徒に何も語りかけることはない。だからこそ、
主体的にそれに向かわなければならなくなる。私は教科
書からひとつの正答を探す発問ではなく、生徒が知識や
経験を生かして考える体験をさせたい。それを土台とし
て討論の持ち込み、さらなる学びへの意欲を高める。
⇒絵画史料になにを使うのか、1行でもあればいいですね。イメージが湧きます。キリスト教宗教画なのか、ダビンチの絵なのか、足利尊氏の自画像なのか、「湖畔」なのか、このように4つ挙げただけでも、それぞれの授業の骨組みを採点官の脳裏に描かせられるかもしれませんよ。
 私は生徒に対し、休日を利用して討論に使う資料の準備を
させたいするよう指導する。自分の考えを相手に理解させるには、科学的
に裏付けされた資料の提示が必須である。私は事前に課
題に対してどのような疑問や考えを生徒がもっているの
かを確認する。そして生徒それぞれにどのような資料を
利用すればよいのかなどを助言する。この活動うした一連の作業を通して
生徒の情報収集能力や論理的な思考力を高める。私は
このようにして生徒に変化の激しい社会を生きるために必要な学力を育
てたいのである。
 私は、授業時間に加えて日誌を利用するなどして生徒
との会話の機会を増やす。努力しているところは誉め、
適切な助言をすることで学びの意欲と行動力を育てる。
このことが学力低下の懸念を払拭すると考えている。
⇒最後の段落は、必要な段落ではないようです。もしも書くとすれば、「授業時間に加えて」とするのではなく、絵画資料を活用した授業における「会話」の増加を目指すような書き方がベターでしょう。すなわち、授業での生徒の報告をたたき台に、討論をさせる、そこに世界史オタクさんも教員として観察しつつ参加するということです。こうすれば、論作文全体がまとまりよく、採点官がうなずきながら読むのではないでしょうか。そのほか、絵画資料の歴史的背景を「劇」化する、文化祭と連動するなどがトピックとして考えられますね。今回の論作文では、テーマのうち「学校五日制」の活用の仕方が、たんに「調べ学習」をする、にとどまっていて、物足りなさも感じます。たとえば、生徒の主体性を育むため、自分で調べさせるのも当然ながら、美術館に生徒を連れていってやるよう広報を学級新聞でだすなど、保護者を動員する手だても提案してはいかがでしょうか。Mar.7,2003

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