足元からの環境教育

宏さんの投稿へのコメント

 私は、環境問題とは具体的な地域の自然環境、社会環
境に見られる問題を知り、その問題解決能力や態度を育成
 ⇒うかがえる           ⇒する 
するなど実際的なものであると私は考えている。生徒一人ひとりが、身の周り
の問題が地球規模の問題につながることを理解する。
⇒「〜が、〜が」と重ねて使うのは美的ではない。「大切なのは、生徒一人ひとりの身近な問題が、地球的規模の環境問題につながっていることを自覚することであろう」でどうか。
して、足元の環境に関することから実行する態度が身に
⇒それゆえ   ⇒関心を強く持つようなきっかけ作りを援助したい。
つくよう指導する。そのために、以下の2点を実践する。
 第一に、身近な環境問題について具体的に理解させる。例えば、ごみ
                   ⇒意識させる指導を行なう。
を分別して捨てているか日常の生活をふり返させてみる。
ごみの分別は環境問題に関係ないだろうと考えている生
                  ⇒捉えている、認識している等 
徒がいるであろう。そこで分別せずにごみを捨てた場合、焼却
   ⇒かもしれない。
することでダイオキシンが発生し、する。それが自分の体に
悪影響を与え、地球にも大きな被害を与えることを理解
                      ⇒想像
させる。このほか、毎日の生活に見られる事象でも、環境問題の
              ⇒おけるささいなできごと 
題として意識させる。また、理科や社会科などの各教科
⇒角度から
や特別活動など、教育活動全体を通じて環境問題を横断的、総合的に
行うことで、より一層理解を深めることができる。
⇒扱う               ⇒できよう。  
 第二に、体験的学習による実践的態度を育成する。地
域の中で環境の大切さを体験し、自然環境がどのように
           ⇒たしかに「環境の大切さ」なのだが、そう表現するのではなく、環境の維持、保全などとすればどうか。「から・ついて・ため」を思い出そう。
なっているのか、生徒の目で確かめる。私の高校では、
                 ⇒段落を作ってもいい。
定期的に学校の近くにあるお城の掃除をしていた。ところが掃除
              ⇒清掃かな。まあ、どちらでもいいか。
をするたびにごみが落ちていた。優雅で雄大にそびえた
つ姫路城のまわりがごみで汚れていることに失望した覚えがある
ある日、掃除した場所へいくとやはりごみが落ちていた。
すると、私はそれまでしたことがないのに自然にごみを
拾っていた。自分の目で身近な環境の実情をみたことで、
    ⇒ここは、矛盾点として指摘される。高校で定期的に掃除していたのなら「それまでしたことがない」という表現は変である。だから、「掃除の時間以外では自らごみを拾ったことがないのに」などとしましょう。
関心をもったのである。また、定期的に体験することで、
自ら主体的に行動していた。
私は私の経験を原点におき、教師としての立場か
地域の人と連携し、生
⇒この文章はいらないでしょう。
徒が身近な環境に親しみを持つような体験を積めるように指導していきたい
できるように努めていく
 環境教育は、以上のように環境の保全やよりよい環境のために主体
的に行動する実践的態度や能力を育成することであると
信じている。私は、環境と人間の関わりに関する指導を
粘り強く実践していく覚悟である。
⇒最後のまとめが力強くてよい。この論作文は骨組みがしっかりしている。ただ、「第二に」以下の具体的な姫路城の例をもっとふくらましたら面白くなるかもしれない。したがって「第一に」の部分は、分量的に半分でいい。そして、あとは、骨組みにいかに肉付けするかということと、読んでいて引っかかりのないようにいかに美しく表現するかであろう。しかし、よく書けているといえる。

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