いのち

kazさんの投稿

 平成7年、兵庫県を中心に大規模な地震がありました。
その被害者のなかに私の友人が含まれていました。その
とき「いのち」の存在が私の中で大きくなりました。
 震災後、約6千人の被害者が出たことが発表されまし
た。そのとき友人が被害者の一人としてしか見られてい
ないことに悲しみがこみ上げてきました。しかし被害者
と関係のない人からすると、単にそのうちの一人に過ぎ
ないのである。
 今、少年による「他人のいのち」を奪う事件が起こっ
ている。学校における道徳の扱いや家庭教育、地域によ
る教育が機能していないことがひとつの要因であると思
う。さらに悲しいことに、この現状が家庭内でも起こっ
ている。教育における「道徳」の重要性がうかがえる。
 道徳は教育活動全体で行うことが大切である。高校で
は道徳の時間はないが、「人生科」や「総合的な学習の
時間」がある。「いのち」について話したいときこの時
間を活用したい。そのとき私の体験談をふまえ、自分だ
けではなく、身近な人や友人のいのちの尊さを教えてい
きたい。もちろん他教科やホームルーム活動で取り上げ
ることはできる。しかし生徒自身が、自ら学び自ら考え
主体的に判断しよりよく問題を解決する資質や能力を身
につけさせたいため、ゆっくりと考える時間をとり考え
る機会を与えたい。生徒それぞれにも「いのち」と面し
てきた部分はあると思う。たとえば動物や植物である。
そういった身近な例から、他人を思いやる心や他者との
共生が育まれていく。
 これらの考察はきっかけにすぎない。しかし私がこう
いった時間を持つことで生徒が初めて気づくことがある
と思う。そしてそれぞれの持っている個性を伸ばすこと
を念頭に置きいのちの大切さを伝えていきたい。また、
このことを自分のクラスや学校にとどまらず地域や家庭
との連携により、より意味のある内容に深めていきたい。

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