私の目指す教師像

pinoko(ピノコ)さんの投稿へのコメント

 最近、学校の週5日制の導入や、授業内容の3割削減
の実施による学力低下の声が叫ばれている。しかし、私
は、教師が、充実した授業を展開することで、生徒の学
  ⇒「教師が」と書いて一般論にせず、自分が「展開」するのだと書きましょう。
力低下はおこらないと考える。生徒に確かな学力をつけ
させることは教師の使命の一つである。それゆえ(だから)、私の目指す教師
像は、生徒の学力向上のために、創意工夫された、充実
した授業を行なう教師である生徒の学力向上のために行なう教師であるというところにある。。
⇒ワタクシは、論作文では「教師」という言葉を書くべきではないと考えています。なぜなら、「教師は〜である」などと書くと、他人事ように読めてしまうからです。自分の問題という意識が薄れます。「教師の使命の一つ」ではなく、pinokoさんの「使命の一つ」なのです。
 私は、教育実習の際、プリント演習をした。それによ
    ⇒教科は何か、ひとこと書きましょう。
り、生徒によって解く早さも、理解度も全く違うことが
わかった。生徒と話してみると、理解の遅い生徒は、個
人で「つまづき」の箇所が違っていた。一方、理解でき
ている生徒は、授業に達成感や進歩を感じておらず、発
展的な学習を望んでいた。
 私は、この経験から、個別指導や習熟度別指導といっ
た、個に応じた指導の必要性を感じるようになった。個
に応じた指導をすることで、授業が理解できない、授業
内容が簡単で達成感や能力の伸びを感じない、といった
習熟度の違いから生じる問題を解決することが出来できるか
らである。私は、個に応じた指導を以下のように授業で
実践していく。
 まず、プリントをさせる。その結果から、診断的評価
⇒授業実践を事細かく書くことは「教師像」においては不必要かもしれません。
を行い、理解の遅い生徒、中間の生徒、理解の早い生徒
の3段階に分ける。理解の遅い生徒には、基本的な英語
の文法や会話文の再学習から始める。中間の生徒には、
授業の理解を深めたり、間違いやすい箇所を復習できる
ような問題の演習をさせる。理解の早い生徒には、自由
英作文やグループトークなど発展的な学習をさせる。
⇒テーマでもとめられているのは「教師像」の「像」なので、その像がくっきり浮かび上がるような記述がほしいですね。その点、指導方法を掘り下げて書くのは、それはそれで一方法ですけれど、教員の人間性など、魅力といいますか、能力といいますか、そうしたところが浮かび上がってこない嫌いがあります。ただし、書かれている内容にまちがいはありません。
 このような授業を実践するために、私は、授業内容の
精選、授業展開の考察を常に行い、生徒にとってより密
度の濃い授業となるように研究に励む。そして、生徒の
質問に的確に答えられるように自己修養を怠らない。私
は、授業のプロフェッショナルとしての教師になる。
⇒ 「教えるプロ」としての教師の養成は、中教審答申で述べられていますね。ですので、1つの教師像として描くことは可能です。ただ、上でも述べたように、像がくっきり浮かび上がるような記述の仕方に注意する必要があると思われます。Mar.31,2003

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