私の目指す教師像

カミーノさんの投稿へのコメント

 私が目指すのは、児童ととことん向き合う教師である。
不登校や学級崩壊等の問題等が取りざたされているが、
いかなる問題があろうとも決して諦めずに、最後まで解
決に向けて努力していきたい。これは私が一人で問題を
背負い込むということではなく、臨機応変に児童にとっ
て最適な方法は何かを第一に考えながら、最後まで努力
するということである。したがって指導方法についても、
学校や児童の状況から判断して必要と感じたならば、習
熟度別学習やチームティーチング等にも積極的にも取り
組んでいきたいと考えている。
⇒「とことん向き合う教師」の中身は「失敗から次への糸口を見出す指導ができる教師」なので、不登校や学級崩壊はあまり関係がないでしょう。カミーノさんが一番主張したいのは失敗から学ぶ姿勢ということでしょうから。「不登校や学級崩壊等の問題等が取りざたされているが〜チームティーチング等にも積極的にも取り組んでいきたいと考えている」のところは、最後の締めくくりに付加すればいいですね。
 児童にも失敗を恐れずに、目標に向かって最後まで諦
   ⇒この「にも」の「も」には、「自分自身も」の「も」が意図されていますね。しかし、それはカミーノさんが最後に述べているので、ここでは「も」を使わないように書きましょう。
めないことの大切さを教えたい。本当に成功した人には
               ⇒「本当に」は使わないほうがいいでしょう。
今まで一度も失敗してない人はいない。指導を通じて励
ましながら、失敗の中から工夫したり解決の糸口を学ば
せて、目標に向かって突き進む強い気持ちを育む。その
ためには失敗を恐れずに、思い切ってやっても大丈夫と
いう安心感を与えておく必要がある。
 児童の行動を常に気にかけながら、努力した結果の失
敗は大いに認めてやり、日頃より可能な限り交流を深め
て、安心感の土台となる信頼関係を築いていく。これこのこと
より児童の性格や特性を広く深く理解して、一人ひとり
                    ⇒あるいは「個に応じた指導」ですね。緻密な児童理解が基礎になり、個別のきめ細かな指導が可能となるということがよくわかります。
に合った提案もできるだろう。困難や壁にぶつかった時
には私はそばでできるだけ見守り続ける。失敗した時の
手助けを最小限に留めることで、自分の力でやり遂げた
という達成感と喜びを大きな形で感じてもらいたいから
である。その喜びを知ることで、挑戦したり苦労するこ
とから逃げ出さない強い意志を育てたい。
⇒失敗から次への糸口を育むことに関し、強調し過ぎていますね。いいたいことはわかりますし、教育的愛情があふれていますが、それだけでは困ります。内容的には400字で書けてしまいます。
 このような姿勢や心を育むためには、私自身が失敗を
恐れずに最後まで努力し続ける姿を示す必要がある。
当に児童のためになるものは何かを常に考え、これと決め
たら思い切ってやってみる。この信念を曲げずに児童と
真剣に向き合い、共に成長し続けたい。
⇒カミーノさんの持つ教育理念はよくわかります。しかし厳しくいえば、一般論から抜けでていないです。このくらいのことは、教師を目指すかたなら、だれでも考えています。「私自身が失敗を恐れずに最後まで努力し続ける姿を示す」を具体化して描くことが困難なところに、この論作文の難点があります。ご自分がどのような壁を乗り越えたのか、どんな失敗をし、どのように次に生かせたのか、そしてそのためにどのような努力をしているのか、それを書かなければ、魅力的な答案とはいえません。しかも、「そのための努力」は「情熱」としか書けないので、苦しくなります。情熱を持っていない受験生はいないからです。はたして、具体的な「教師像」が採点官の頭の中でイメージできるでしょうか。Apr.4,2003

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