私の目指す教師像

やまちゃんさんの投稿へのコメント

 科学技術が急速に発展し、国際化・情報化が著しく進
むにつれ、我が国の社会構造も大きく変化している。そ
れに伴い、学校を取り巻く環境も変化しつつある。この
変化の時代に、私は、次のような教師を目指す。
 まず、幅広い視野で子どもを見つめる教師である。教
⇒前段で、「〜目指す」とあるのですから、「まず、幅広い視野で子どもを見つめる教師である」と書くのは不自然ではないでしょうか。「まず、私は幅広い視野で子どもを見つめる」でいいでしょう。
育の直接の担い手である教師には、1つの事象を多角的
に見て分析する能力が必要であると考える。ほとんどの
        ⇒このように書くと、読み手は「そうか、だから次には多角的に分析する能力を身に付けるにはどうすればいいか書くつもりだな」と予想しています。結果、その予想が裏切られることになります。
場合、教師が一旦教室に入れば、そこで行われる指導、
⇒一般論として、「ほとんどの場合」と述べ、教師の在り方を述べても仕方がないでしょう。やまちゃんさん自身の問題意識が大切なのですから。
教育は全てその教師に任せられる。理想をもって指導に
     ⇒いまではT.T.もありますよ。
当たることは大切なことではあるが、それが絶対的・固
          ⇒「理想」と先入観、つまり、やまちゃんさんのいう「主観」とはちがいますよ。微妙に論じ方に不自然さを感じます。
定的であってはならないと考える。主観的なものの見方
ではなく、角度を変えながら子どもを見る。柔軟に子ど
もと接することで、よさを発見する。また、子どもの内
面にまで目を向け、思いや願いを推し量る。このように
じっくりと子どもと向き合い、子どもを見つめる目が必
要であると考える。
⇒この段落に書かれていることは正しく、基本的なことです。しかし、「科学技術が急速に発展し、国際化・情報化が著しく進むにつれ」云々と大上段に切り出している第1段落と整合性がないように感じます。子どもをしっかりと見つめる目は、従来必要とされている資質能力であって、「変化の時代」だからこそ必要、というものではないのですから。
 次に、対人関係能力に優れた教師である。教師は、子
⇒ここも、先ほどの注意と同じです。また、「教師」という言葉を使わないように工夫して下さい。新たにアップした「道場」の注意事項を読み直して下さい。
ども・保護者・地域の方・職員間など、多くの人間関係
の中に成り立っている。良好な人間関係を構築し保持す
るには、他人を思いやる心や協調性は欠かせないもので
ある。情熱をもって子どもへの指導に当たり、責任をもっ
て自分の役割を果たす。このようにして、周囲の人々か
ら信頼を得、組織の一員として貢献する。
 私は、この2点を身に付けるため、ボランティア活動
に積極的に取り組む。以前、ボランティアでバスケット
ボールの指導をしていた。その中で活動において、私は、机上では得
    ⇒どのような関係でバスケットをしていたのか明示しましょう。
ることのできないほどの貴重な体験をし、多くのことを
          ⇒この「貴重な体験」や「多くのこと」の中身は何であるのか、それを示さないと迫力に欠けます。たんに「貴重な体験」=人間関係の大切さ、なのでしょうか。それではボランティアでなくとも学べることでしょう。ものたりなさを感じます。ボランティアだからこそ学びとれた内容がほしいですね。
学び取った。スポーツを通して児童理解を深め、人間関
係の大切さを学んだことは、私の大きな財産である。今
後も多様なボランティア活動に参加し、自己研修を積み
重ね、理想の教師像に近づく努力を惜しまない。
⇒書き出しが構えすぎていて、尻すぼみになっている印象があります。論作文を貫徹する一本の柱を定めて、そこから全体の整合性を与えるように書き出しを後で考えればいいでしょう。欲をいえば、学習面の目指すべき方向に触れましょう。教師像は学習面と生活指導面と両方をバランスよく書いたほうがいいかもしれないからです。ただ、教育基本法の見直し議論にあるように、三者連携した環境の中で子どもを育む必要性を踏まえ、この論作文をやまちゃんさんが書かれたのなら、それは評価すべきですね。Apr.29,2003

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