いのち

宏さんの投稿

 科学技術の発達により、テレビやテレビゲームなどに
よってバーチャル体験をする機会が増えてきた。それら
は、「いのち」を軽んじるような内容のものが多い。い
まの子どもたちは「いのち」の重さを感じる機会が減っ
てきている。それが残酷な少年犯罪や悪質ないじめにつ
ながっているのではないかと思う。私は、生徒一人ひと
りに「いのち」の大切さを伝えていく。
 私は、心から「いのち」の大切さを理解できるように、
生徒一人ひとりを大事に見守っていく。
 私は小学生のころ、学校が終わると家の近くの田んぼ
でいつも野球をしていた。ホームランを打つと隣の家に
はいってしまうほどの田んぼであった。隣の家の庭にボ
ールがはいるといつもその家のおじいさんに怒られてい
た。ある日、いつものようにボールがはいってしまった。
しかし、いつもの怒鳴り声が返ってこなかった。翌日、
祖母からおじいさんが亡くなったことを知らされた。
 私は、怒られるたびにうるさいと思っていた。しかし、
おじいさんの「死」を聞いたとき、怒鳴り声が恋しくなっ
た。また、ボールが家にはいるとすぐに怒られていたと
いうことは、いつも私たちがけがをしないように見守っ
てくれていたのではないかと思った。「死」に直面した
と同時に、大切にされていたことに気づき、泣いてしまっ
たことをいまでも鮮明に覚えている。そのとき、私は、
「いのち」の尊さを知った。
 「死」というのは、意図的に出会わせることはできな
い。しかし、私たち教師は生徒一人ひとりを大事に見守っ
ていくことはできる。「大事に見守る」とは、生徒の欲
求や不満をすべて受け入れるということではない。時に
は厳しく叱ることもある。それは生徒のことを本気で考
えているからこそである。私は、生徒一人ひとりをかけ
がえのない人間として扱い、粘り強くあたたかい目で見
守っていく決意である。

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